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ダム日記36(解答編)←  1995年 5月 3日  →ダム日記39(祝出産)

∞∞ダム日記38(農業と水)∞∞

5月3日(憲法記念日)
ちょっと気だるい春の日 ダム日記を開けてくださって有難う。

法律を持つことの難しさ。
人間が構成する社会は、もの凄い勢いで変化しているわけで(一方で変化し
ない、キチンと変化を拒んでいる社会があることもキチンと認識していなけ
ればなりませんが)、その変化に応じることのできる憲法、法律、決まり事
を持つために修正を加えていくこと、というのは、走っている電車と飛んで
いるヘリコプターの間でキャッチボールをするようなものではないでしょう
か。
ましてや、改正されない法律を持ち続けることは、だんだん遠ざかる列車の
窓から固定されたバスケットへボールを放り込むようなもの。

【形骸化する河川法】
「河川法」もまさにそう。31年前できたこの法律は、すでに形骸化していま
す。
<<改正なし>>
農業用水が、慣行水利権として古くからあるがために、上水道のための水利
権より絶対的に優先順位が高いというのは改められるべきなのに、それを渇
水時に流動的かつ有効に転用するための法改正はできていない。
<<守る人なし>>
ダム日記(あばかれる真実)で取り上げた長野の浅川ダムの問題でもそうで
す。そのダムサイトは地すべり地区の巣。水が地すべりを引き起こすのは火
を見るより明らか。

河川法では、【第18条】都道府県知事は---中略---地すべりを著しく助長
するものであると認めるときは、これを許可してはならない。
とある。なのに長野県知事はダム建設を許可してお咎めなし。

ダム日記で応援する徳島の木頭村も同じ。地すべり地区です。なのに徳島県
知事はダム建設を推進、許可しています。

政治や経済先行で、人を守るためにある法律が守られなくなって、そのまま
放置されている。その陰で恐怖に脅える住民がいても、マスコミが取り上げ
ないのをいいことに堂々と法律違反を犯す国。法律を変えれば国が変わるの
か、国を変えれば法律が変わるのか。
まずは人ですね。まずは「私」です。

かれこれ3年前、スリランカのアリ・アヤトネラさん(貧民層に清潔な水と
教育を、という活動でスリランカを底辺から変えようとしているスリランカ
人。サルボダヤ運動のリーダー)の熱意にほだされて「私の国を変えるには
何をしたらいいでしょう」と尋ねたことを思い出します。

彼は3つのEで、考えを伝授してくださいました。
Education(回りの人を「教育」しなさい)
Example(そのためには貴女が「規範」を示さなければなりません)
Exercise(そして貴女の考えを理解する人と共にその考えを「実践」するの
です)

【断水】
さて、5月2日の朝日新聞の天声人語によれば、福岡市では8時間の断水が
続行している様子です。「水利権」の問題が絡んでいるので、かいつまんで
ご紹介します。

農業用水を上水道用へ転用するために、200ヘクタールを休耕するとし、福岡
市の農家に協力を求め、応じてくれた農家には、市水道事業会計から、10ア
ール当たり16万を下らない補償金を出す、というもの。耕した場合の農家
の手取りは10アール当たり7〜8万円だそうです。

ここで、水の問題以前に眉毛がへの字になってしまいます。
汗水流してお百姓さんが働いてお米を作ったら8万円で、水を福岡市民に譲
って実質何にもしないと倍のお金(「16万円を下らない」という表現がなん
ともイヤラシイ)がポンと手に入る。作るお百姓さん、作らないお百姓さん
の両方を馬鹿にしています。

水(利権)を金で買うような話だという批判に対して、そうではなく補償だ
と言う。
問題は、本当に休耕の必要があるのかどうか、ということです。

先日勉強したことに間違いがないとすると、おそらく、お百姓さんが持って
いる水利権(取水量)に対し、実際に使う水の量は少ない筈。行政側は水利
権で認める取水量を元に計算をしている筈。都市化が進み、農地が転用され
ている地域で、農業用水合理化事業が勧められていない地域ならば、そうい
うことは大いにありえる筈です。
転用や減反の時点で、水利権を損失するような法律はない。

もしもお百姓さんが自分の持っている水利権のことを知らなければ、一体誰
が把握しているのでしょう? 水は足りていることを知らずに16万円という
お金に説得されて米作りを止めてしまう。そういうこともありえるのではな
いでしょうか?(馬鹿正直に米を作って不作だったり、逆に豊作で値段が下
がったり、外米に押されたり、そんな博打じみたことやるより「16万円いた
だこうかな」と思うのが当たり前。作らなかったお米の分は輸入ということ
になりますね。農政はNO政と言われながら何か作為を感じてしまうのは余り
に懐疑的でしょうか)

「渇水」という印象がこうして植えつけられていくけれども、それは、現状
に即していない法律を元にした計算であるからだ、ということは言えそうで
す。

そういう歪んだ計算や印象で「だから新しいダムが必要だ」という結論に持
ってこられるのが一番困る。

だから、やっぱり、この水利権の問題はもっとよく勉強してみます。
連休ぼけしている頭がパンクしそうです。