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∞∞ダム日記53(犯罪者の選択)∞∞

6月1日(木)

仕事でお世話になっている元気のいい人の息子さんが、筋肉が縮んでいく病
気で亡くなってしまった。長良川河口堰問題に関するききとりが衆議院第二
会館で開かれたので勉強に行って戻ってくると、留守電にそのメッセージが
入っていた。
生きることを選択できないときがある。。。茫然と、そんなふうに思った。

つい先日は仲間の息子が生まれたことを思い出した。私が「遠い」土地の
「ダム問題」を勉強している一方で、「目の前」で「生」と「死」に直面す
る人がいる。

【命の選択】
命の選択。これは「環境倫理学のすすめ」という本から得た概念だ。
現代の、少なくとも日本に暮らす私たちには「生きる」という「自由」があ
る。息子さんのように病気でその選択を奪われてしまわない限り(種々の理
由で「権利」をはく奪されている人もいるけれど)、とにかく「生きる」自
由はある。

その自由を奪うものは「犯罪者」ということになる。これは厳密に言うと、
「現代に生きる人間」から「現代に生きる人間」への「犯罪」で、「犯罪で
ある」ということが分かりやすい。殺人ガスのばらまきからナイフによる殺
傷まで一目瞭然で「犯罪」だ。これにはまた、当時者感覚が伴う。そこで殺
されたのは自分かもしれない、次に巻き込まれるのは自分の家族かもしれな
い。そう思って心配したり不安になったり関心を持ったりする。必死で「生
きる自由」を奪われまい(殺されまい)とする。「地下鉄に乗らない方がい
いよ」と人の自由まで気にしてくれる人もいる。

【未来への犯罪】
しかし、同じ「生きる自由を奪う」という「犯罪」を私達はやっているかも
しれない。それは厳密に言うと「現代に生きるもの」から「未来に生きるも
の」への犯罪だ。
つまりこういうことだ。

宇宙のことすべてが解明されたわけでなし、地球なんていつ外的要因で破滅
するかもしれない。だけど、恐らくここしばらくは人間が大人しく、賢くさ
えいれば、皆で仲良く生きて行ける惑星なのだ。

今の調子で化石燃料(石油や石炭などのこと)を燃し尽くせば、資源がなく
なるよりも前に、二酸化炭素によって気温が上昇し、気候変動が起きる。
気温が変化すれば、今は収穫できる農作物が、今と同じ条件ではとれなくな
る。

気候の問題は即、食料の問題、食料の問題は即「命の選択」の問題なのだ。
米が不作で「あ〜だ、こ〜だ」とガタガタ騒いでいる程度ではすまない。

だから、二酸化炭素の量を抑えつつ、化石燃料以外の方法を「研究」「開発」
していかなくてはならない。

そういうことを話し合ったのが、1992年の環境サミットだったのだ。それは
所謂「未来への防犯対策」を話し合う場所だったのだ。

【防犯対策】
チリも積もれば山となる。人口が増えていくのだとすると、少しづづでも、
今から森を増やしていかなくてはならない。

「化石燃料を使う人口は増える。森や減る」は最悪のパターンなのだ。
人口は増えていくので、「一人あたりの化石燃料の依存度を減らし、森を増
やす」の両車輪を動かさなければならない。あ、危ない、と思ってから急発
進しても間に合わない。

森を切らずに済む方法が他にあるなら、多少のコストはかかっても代替手段
を考えていかなければならない。(ダム建設は膨大な金をかけて森を切ると
いう最も馬鹿げた方法だ。ダム自身に渇水、洪水の調節作用はないが、森に
は葉っぱと土を通して時間をかけてゆっくり水を川に長すという自然の調節
作用がある。森ですべての渇水や洪水を防ぐことができると豪語するつもり
はないが、森に防ぐことのできない渇水や洪水は、ダムに防がせることなど
できない)

途上国が先進国の後をたどって化石燃料をガンガン使うようになれば、二酸
化炭素量の増加率は今の比ではなくなる。

こんな地球にしてしまった先進国こそが、森を育て、技術によって、何がな
んでも化石燃料に頼らないエネルギー源を見つけていかなければならない。
それでやっと「未来の人間を含めた生物」の「生きる自由」を奪うという犯
罪を避けることができる。

現代の人間には生きる選択肢がある。太陽エネルギーも風力も、波力も、地
熱もある。それを開発する中で、そこにも不都合な点は出てくるかもしれな
い。しかし、化石燃料は「不可」という判定が出ている。二酸化炭素を酸素
に変えてくれる森は「必要不可欠」だという判定もでている。ここに可能性
を求めていくしかない。

つまり森を切る自由、化石燃料をフンダンに使う自由など(これはホンノ一
例)を現代の人間が諦めること。それを自分たちに強いなければ、未来の人
間の生きる自由を奪う(犯罪を犯す)ことになる。その結果が「目の前」に
見えないだけに、犯罪を犯している実感がないのだ。

今、警鐘を鳴らしているのは、犯罪の可能性に気づき始めた者だ。
実行グループ予備軍であることを自覚して、確信犯にならないために、なん
とか犯罪を未然に防ごうとしている。

13歳。一生懸命生きた息子さんだったに違いない。お母さんを見ていると分
かる。
誰も、彼にもっと長く「生きる選択肢」を与えることはできなかった。

だが、「未来の人間や動植物たち」の「生きる選択肢」は、今、私達が握っ
ている。

まさのあつこ

P.S.「木頭村応援」と言いながら、最近の木頭村の活発な動きをアップする
時間を作れず、明日こそは、明日こそは、と思うばかりのダム日記、、、明
日こそは、、、、!?