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ダム日記61(木頭村通信)←  1995年 6月 20日  →ダム日記63(王国からの叫び)

∞∞ダム日記62(若葉マーク)∞∞

6月20日(水)

ダムのことを勉強していると、ダムのニュースがはいってくる。皆さんが投
げてくれるし、自分から聞きに行く。時々、だんだんやりきれなくなる。

吉野川河口堰(徳島県)しかり、足羽川(あすわがわ:石川県)ダムしかし、
相模大堰(神奈川県)しかり、苫田ダム(岡山県)しかり、書ききれない。
昨日は、足羽川ダム(美山町ダム反対期成同盟)の人の話を聞いた。

ひどいと思ったこと。
ダムを作るまでの手順に「基本調査」というのがある。それはダムサイトを
決めるための調査。ダム建設を前提として行なう「単なる手続き」のような
ものである。つまり「基本調査」をやるということは、イコール「着工」と
同じ。

ダム問題(or 建設省の手練手管)を熟知していれば(たとえば、木頭村は)、
「基本調査」など鼻からやらせない。
普通の人は、そんなことだとは知らない。

建設省は足羽川の美山町にやってきて、こう言ったそうである。

「これは調査です。とにかく穴を掘らして下さい。掘ってみて、ここはいか
ん、ということになったら、ダムは作りませんから」

そして80本のボーリング調査をした。
これがダム建設のための前提条件であると「はっ!」と住民があとで気づい
ても、これで既成事実となる。建設省、一歩前進である。法律は時として弱
者を守れない怪物だ。

諦めずに戦う 美山町頑張れ!

私は何もできない。それで涙が出てくる。私が泣いたってしかたがないのだ
けど、無性に悔しい。

敵は建設省のみにあらず、というメールを受け取った。転載する。
転載の許可をこの方からお願いしたのは3回目だ。実際に転載させてもらっ
たのは2回目。次からはどうぞ【ダム日記番外編】【ワシも書くぞダム日記】
その他何でも適当に名付けて、メールだけでなく掲示板にもガンガンアップ
してくださると嬉しいです、Yさん!

そういえば建設省前でハンストを続ける天野礼子さんが「長良川のための建
設省前ハンスト日記」を書き始めた。

この「ダム日記」は、勿論、知る人ぞ知る、堂本暁子議員の「永田町日記」
の亜流だ。

ご本人にお会いした時、「永田町日記の亜流で、ダム日記を書かせてもらっ
ています」と言ったら、「あら、ま、そう?」と笑っていらした。お忙しそ
うで、さすがに読んでくださってはいないと思う。が、堂本さんが「スピリ
ット」で蒔いた種は、好き勝手に、あちこち伸びている。
では、その種から出た双葉の先端、Yさんのメールです。

【敵は霞が関のにみあらず】
建設省は
なぜ、これほどまでにダムを作らなくてよい理由があるのに
ダムをつくろうとするのか。その理由は「ダムがつくりたいから」
なぜ、つくりたいかというと、ダムをつくるということで、莫大な
金が地方におり、その金で建設業者がもうけ、ひいては地域を
うるおすことになるから。

 現在の地方は、そういった金に頼らなければならないほど、貧し
い。産業も情報もサービスもすべて、都市へ集中している。仕事も
当然都市に集中している。見切りの速い人たちは、田舎をすてて
町に出た。残されたものたちはどうしたか。都市で集めた税金を
公共事業として持ち帰りそれで食いつなぐようになった。

 仕事がなくなりそうになるとどこかをなおしたいと陳情にいく。
おおきなプロジェクトなら、代議士にたのむ。地方の代議士はまさ
にそのためにある。現に田舎の選挙では「中央との太いパイプ」(コ
ネのことですね)という言葉が殺し文句になっている。

 ダム問題の根底にはそういった社会問題が潜んでいる。本当の敵
はたぶん建設省ではない。建設省は実行犯だが、その後ろに地域を
うるおしてくれと請願する地方の人々がいる。彼らが代議士なり、
政治家なりを通じて請願する限り、また、代議士自身が地元を
潤そうとするかぎり、不必要な建設事業は続く。

 考えて見ればここ何十年か、地方にとっては、苦渋の時代で
あった。農業を見れば、米はパン食の影響で供給過剰に陥り、
減反(減反はもはや政策だけの問題ではなく社会の問題だ。)を
強いられ、ではその他の農業が良いかというと海外からやすい
果物類がはいるせいでこれもよくない。企業も海外での生産の
ほうが安いため、誘致もなかなかすすまない。観光といっても
海外旅行がどんどん安くなる中、道の悪い所を何時間もかけて
来てもらって見て楽しめるほどものが用意できるわけでもない
し、資金もない。(誰がかってくれるんだい?誰が住んでくれ
るんだい?誰が来てくれるんだい?)そんななか、経済の推進
役として頼れるのは、官公庁か、建設かそんなものしか残され
ていない。

 さびれて、お年寄りしか住まなくなった(住めなくなったと
言った方が正しい。)田舎のことを考えるとき、だれがこんな
にまでしたのだろうか。と悲しくなる。

 話をもとに戻しましょう。敵は建設省だけではない。政治家
だけでもない。利権にむらがる建設業者だけでもない。田舎に
しがみついて生きようとしている人々だけでもない。今の日本
の社会構造が必然的にこの動きを起こしている。誰かが悪者と
考えるのはたやすいけれど、それは羊に罪を負わせて荒野に
放つのと同じいみではないだろうか。

〜〜〜〜
「ペシミスティックだから、転載の価値があるかどうか分からないと」おっ
しゃりつつも、転載許可をくださいました。有難うございます。

敵は霞が関。しかし、それだけではない。そうなのだ。「私達」「私」が草
の根から変わっていけば、太い腐った根っこも、茎も変わらざるをえない。
花も私達の花が咲く。

頑張ろう!頑張っちゃいます!
必要なのは、気力と友達。時間のことで愚痴るのは今日でやめることができ
そうです(と思いますヽ(^。^)ノ)。