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ダム日記93(県と渇水)←  1995年 10月 3日  →ダム日記96(久米さ〜ん!)

∞∞ダム日記95(恥部公開)∞∞

えへんっ。BBSのスピリットでこれを読んでいる諸君、へんな想像をしないよう
に。
えっ?してない?ヨロシイ。

10月2日(月)
一匹オオカミ。猪。猪突猛進。鉄砲玉。回りをなぎ倒しながらノシノシ進む。こ
れ、すべて自他共に認めるワタクシの形容詞。
厚顔無知。軽率。なんも考えとらん。行き当たりばったり・・・まだまだ続く。

ちょっと前までは、本当に一匹で行動をしていて、迷惑をかける範囲が狭かった
(^^;ゞ。しかし、今や、今までのような調子ではイカン!全然イカン!というこ
とが、急に!分かった。
それは英語の表現で言うI learned it in a hard way.(痛い思いをして学んだ)
どころか、I am learning it in a violent way.(乱暴な方法で学んでいる)と
でも言った感じなのだ。

「細川内ダム建設計画が非民主的な手続きで進められるのは許せない!」と言い
ながら、一番非民主主義的なのが、実は自分であることが、先週、まず頭で学ん
だ。
志は同じでも、組織というか集団で何かをしようとするとき、いかに意見を統一
するのが大変か。それでも、率直な意見を出し合い、誠実に耳を傾けて、少しづ
つ理解しあう、ということのシンドサとタイセツさを垣間みる機会があった。他
の活動家(?)のやり方を見たのだ。
「あ〜、あ〜しなくてはいけないのだな〜。私はあ〜やってないものなぁ」
活動するヒトとしてはまだ未熟児の私は、う〜む、とうなった。

が、自分がまさにそのただ中にいる自覚は乏しい。甘えもあった。忙しい限られ
た時間の中でやるんだから仕方がない。複数の仕事と次の仕事探し、新婚生活疑
(結婚式とか新婚旅行とか新居探しも後回し(^^;ゞ面倒なんだもの(~_~メ))を抱
えた上に、生物多様性国家戦略をもっと充実したものにして欲しいと要望するた
めに作ったネットワークに参加してしまった。
ダム日記を書く時間は減っていくけど、書きたいことは山とある。

多少ずさんでも「やれる範囲でやるべし」「やれない部分で気をもまない、気に
病まない」「とにかくやるべし」作戦を展開していた。そんな中でも、仲間は色
々率直な意見をキチンと投げてくれる。様々、目に見えない所で色々協力が活発
になってきた。
そんな中で、、、、。

【サイクリング大会の紆余曲折と優柔不断】
結論から言うと・・・、雑誌サイクルスポーツさんや、アースデイニュースさん
に載せてもらった紅葉サイクリング「木頭村へ行こう!」は、「すみません農繁
期におじゃましますサイクリング+コンサート in 木頭村(11月3日(文化の
日)4日(土))」になったのです。
もう少し題名に状況を託すと、「渇水で紅葉があんましきれいじゃないかもしれ
ないけど木頭村へサイクリング+でも村民の方は柚の出荷で結構忙しいのだよコ
ンサート+迷惑でなければ出荷作業も手伝いますよイベント」へと雪崩こんでき
ているのです。

主催者であるワタクシの、人を巻き込んでの紆余曲折を、反省を込めて皆さんに
バラし、「新しいことに挑戦すると、まぁ失敗もあるわな。けんど、二度と繰り
返さないから、今回は勘弁してけろ」宣言をしたいと思います。「それでも繰り
返しそうになったらブッテね」であります。
一連の動き(=紆余曲折)をメモってみます。

1.夏、木頭村へ行った。清流がきれいだった。こんなきれいな川を見たら、誰
だってこのままであって欲しいと願うはず。木頭村を知らない他の人に見せたい!
(これが始まりでしたね)

2.行くなら、紅葉の時がいい。行きそびれた源流の奥の奥まで、気の済むまで、
支流の隅々まで見たい!それは10月の終わりから11月上旬までとなる。

3.連休(11/3,4.,5)辺りがいいな、と思っていると、老舗「長良川デー」が
この日に決まっていることを知る。これはマズイ。重なってはいけない。長良川
は、やっぱりダムファイターの先輩だ。参加すれば勉強になる。野田知佑さんに
も再会できるし(どこまでもミーハーな私)、きっと楽しい。カヌーも今度こそ
やりたい。云々。

4.それで10/28,29とする。大規模林道全国ネットワークの事務局長が「それな
ら徳島市内であるブナ集会と重なるからいいなぁ。ブナ集会に出て、木頭村も見
れる。オレも行く」となる。「ブナ集会をやる猪俣(「森と自然を守る会」)さ
んや吉川(雑誌「渓流」編集長)さんにも話してさ、一緒にやればいいじゃん」
なんていう。「はぁ、そうですねぇ。そういうのは重なっちゃって迷惑ではない
かしら」と生返事の私。(ここでしかし、事務局がテキパキ連絡をしてくれてい
たのを私は知らず、また、猪俣氏もこの連絡を受けて私に手紙を郵送してくださっ
ていたのに、なんと、この時、この「重要かつ重大な郵便」は、私の手元に届か
なかったのだ!返送もされなかったので、猪俣さんは私が受け取ったものと思い、
私は全く知らず仕舞い。
このことが分かったのは、猪俣さんが私に出した2通目が、猪俣さんの手元に返
送されてしまい、「もしかして前回のも届かなかったのか?」という電話が入っ
てきた時で、これはつい先日。頭からサ〜っと血が下がりました。
「一体、他にどんな重要な郵便が消えてしまったのだろう?」
7月末に引越をしたけれど、とりあえずくだらないDMや私信、それに海外からの
郵便はキチンと旧住所から転送されているのだ。変!変!変!気づかなかったけ
れど、今考えると、これは絶対、変!転送も返送もされなかったなんて変!

5.相模大堰の円卓会議に顔を出した際、水源開発問題全国連絡会(水源連)の
人に「木頭村でサイクリングすることにしたんです。パソ通で呼びかけて運動に
関係ない人を誘っていけたらなと思います」「ほぉ、いつ?」「10/28,29」「
駄目!」「えっ?!」「僕らは足羽川ダム(福井)に結集するのだ!重なっちゃ
うと応援にいけないよ」「はぁ、でも、とりあえず、今回は木頭村を知らない人
を連れていきたいっというのが意図ですから応援していただけなくても、やっちゃ
うかもしれません」と答えたものの、他のダムバスターに応援していただけるな
んて考え付きもしなかった私、急に「そうかぁ。応援を頼むことができるのかぁ」
と、感動。
それなら、ちゃんとサイクリングらしくやった方がいいかも。村内でフラフラ源
流の源流を遡るだけでなく、いっそ川を下から遡るとか?徳島市内から木頭村へ
自転車で行くっていう人がいるって聞いたなぁ。「うん。それくらいやるなら、
応援してって言えるかも」「よし!それで行ってみよう!」じゃぁ、10/28,29、
も避けて11/11,12にしよう!と変更を決定する。

6.「よし!」とばかりに「11/11,12にする!」と決定。パソ通で呼びかけを開
始しました。そのころ、東京新聞の取材を受けて、そのことも言ったので、記事
には、「11/11,12にサイクリングで視察会を企画」という書き方がしてある。
「わちょっ!」おおげさな。サイクリング大会だってば。

余談になるけれど、「木頭村のダム反対運動を応援したい」というのが原点では
あったけれど、「木頭村の未来を考える会」では「反対」を唱えるのではなく
(それは地元がやっている)、こうした自治体をあげての運動が日本の一角で行
なわれているのに、まだ知らない人が多すぎるから、同時に木頭村の問題は、日
本全国にある問題の象徴であるから、そのことを一人でも多くの人に伝えたい、
というのが主旨だ。

7.さて、「11/11,12」でやっと決まったかと思ったら、ある土曜日の午後、大
規模林道ネットワークの事務局会があって、下っぱ使い走り役の私も参加。この
日の決定事項に、大規模林道視察会をいつやるか、とういのがあり、皆の都合が
いいのが、11/11,12となってしまった。「げっ!その日、木頭村でサイクリン
グするんですけど・・・」ま、下っぱだから、「ま、いいでしょ?重なっても」
と言われると、「(そうだな、こっちは、チャリンコ族を集めるんだもんな。差
しつかえはないナ)どうぞ、どうぞ」ということになる。下っぱは何かと遠慮しぃ
なのだ。

8.このころ、前後して、長良川でコンサートをやるのを聞いて、「木頭村で『
ダムのうた』歌って欲しいなぁ」とバンドをやっている仲間に言ってみる。私が
リクエストして作ってもらった曲だ。イメージとしては「川原でギター1本」だっ
た。
「うん、木頭村には行きたいと思っていたから、いい機会やな」みたいな発言が
出る。「ほんなら僕も行ってもええよ」4人組バンドの2人はにわかに意志を固
めた。この二人は、ダム日記を第1回目からずっと読んでくれて、それで知り合っ
たダム日記仲間(?)だ。ダム日記で発掘した輝ける星なのである。
そして残りの2メンバーのオルグが始まって、「あれよ」という間に、バンドメ
ンバー全員が駆け付けてくれることになった。このバンド、リーダー格の人物3
人と、天使の笑顔を持つ可愛らしい女の子1人がメンバーなのだけど、この4人
も私も基本的には似通っていて、年長メンバーの言葉を借りて言えば、「後ろか
ら応援するつもりで、いつのまにか先頭をきって走ってしまう世話好き」人間集
団。
そしてもう一人、類は友を呼んで、大阪でライブミュージシャンをしている人も、
じ〜んと何かを感じてくれて、応援してくれることになったのである。

しかし、この頃、まだ、私は事の重大さをまったく認識していなかった。
しかし、同時にまた、たいしたことではないのだ、ということも忘れかけていた。


猪が走り始めた。
   ノシノシ ノシノシ

すいません。眠くなったし、長くなったので、紆余曲折優柔不断話は、また次回!

ちなみに円藤知事への手紙を翌日に手直ししてくださった靖和さん、連絡が遅れ
てごめんなさい。今日は(も)寝てしまいます。知事への手紙はまだ出していま
せんが、睡眠がたっぷり取れた時にもう一度目を通してから出します!

まさのあつこ