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∞∞ダム日記110(小川町と木頭村)∞∞

10月31日(火)に書いたけど、
    力尽きて、わ、もう11月2日。

アジア6ヶ国の環境ジャーナリストの交流会を少しだけお手伝いする機会を与え
られた。先週の土曜日だ。その日は、有機農業をやっている農家を訪れるという
企画だっだ。
驚いた。その農家は、1年半以上前、「農業へ走ろうか」と考えていたときに雑
誌で知って探したことのある農家だった。今考えると不思議だが、その農家の住
所どころか雑誌社の電話番号まで分からず、困り果てて「有機農法研究会をやっ
ている所なんですが」と農水省にまで電話をしてみて諦めてしまったという私に
とっていわくのある農家だった。

埼玉県比企郡小川町の金子さんち。
金子さんちへ行く前に、東京から越していって4年前から農業を始めた20代の夫
婦、川村さんの家へ行く。月一万円で家と土地を借りて、食べ物を自給している。

インドの記者が非常に積極的に質問を飛ばす。「川村さんのような農業を志す都
会からの流入者を支援するシステムは?」
金子さんによれば、日本中で、3〜4自治体くらいが、「3年以上頑張って定住
する努力をしてくれること」という条件で、自治体職員とか農協職員の給与程度
を支払う制度を導入しているという。収穫に失敗しても食べていける保証を与え
るということだろう。

小川さんちは、ガスまで自給している。飼っている2頭の牛の糞尿を発酵させて
メタンを取る。中国へ行って勉強してきた技術で、1基(コンクリートの枠、発
酵タンク、有害物質硫化水素を取り除く仕組み)の材料費が15万円。その導入の
システムが素晴らしい。
1基目は、人の家で作るのを見習う。
2基目は、自分の所へ来てもらって一緒に作る。
3基目は、お返しの意味で、他の人の家に行って作るのを手伝う。
こうして、このシステムを奨励する。今、日本全国で14基。金子さんちのは7基
目。

牛2頭の糞尿で家族5人分のガスが賄える。豚なら8頭。人間なら30人だそうだ。

2頭のうち、1頭を必ずミルクが出る状態にしておく(つまり子牛を生んだ後の
状態にしておくってことね)。

鶏が200羽。10羽につき畳4畳分のスペースになるように鶏舎を近所の山の間伐
材で手作り。土の上に糞をして、それを鶏達自身が絶えず踏むので、また、バク
テリアが盛んに糞を分解するので、まったく臭くない、というより、もう土になっ
ている。これ全部肥料。200羽いるからふんだんにある。

「トラクターは排食油を使います」と金子さん。「え?」と全員、あっけに取ら
れて沈黙する。全員というのは、アジアと日本の環境ジャーナリスト約10名プ
ラス私のような助けっ人。
フィリピン人記者がやっと聞く。「今なんておっしゃいました?」
「ディーゼルの代わりに天ぷらの後の油を使うんですよ」とニコニコ金子さん。
「ん?」フィリピン人記者の(私の、おそらく全員の)理解の範囲を越えている
らしく、「だってさぁ」と言いながら、人差し指をおでこの上に立てて眉間にし
わを寄せて悶絶している様子がたまらなくおかしい。
「問題はないんですか?」ジャーナリストに紛れてワタシ聞いてしまう。
「ないんです、今の所。ゴミと、あと有毒物質があるので、それだけ除きます」
「でも、サラダ油でしょ?トラクターが動かせちゃう?」やっと、思考回路が戻っ
たフィリピン記者。
「はい。後でお見せしますよ。アメリカでは、排食油でなくバージンオイルを使
おうかという動きもあるらしいんだよね。そうなったらエネルギー問題も解消だ
ねぇ」と金子さん。

なんの因果か、もし、この農家を探しあてていれば、今頃私は、この農家の研修
生を卒業して農業をやっていたのだ、きっと。
今は4人の研修生が金子さんちで農業を学んでいる。

夜になり、和紙職人をしているアメリカ人の家(近くの住職なきお寺の建物を借
りている)で宴会となる。ゴルフ場建設に反対して、計画を撤退させたこともあ
る金子さんの仲間、金子さんちの研修を卒業して自立した若い農業家達が、わん
さか集まってきて、小川町の酒がふるまわれる。うまい!食べ物はもちろん彼ら
が作った野菜料理。
自己紹介タイム。驚く。北京女性会議に行ってきた人あり、一流ホテルのコック
だった人あり、留学帰りの若者あり、アジアのジャーナリストのためにちゃんと
英語で自己紹介をできる人多数。酒造りに情熱をかけている人あり。物凄いエネ
ルギーのある農村だ。こんな農村なら楽しく農業ができる。面白い人の回りに面
白い人がどんどん集まって、どんどん魅力的な集落に成長している。主張したい
ことのある人間と酒と食べ物。「開発中心の社会に限界を感じて、この道を選び
ました」と理屈をこねて農業をやっている若者。でも本当に楽しんでやっている
ことが、彼と彼の奥さんの顔を見るとすぐ分かる。見ていて楽しい。感激の一夜
だったのです。

木頭村の未来の姿を思い描く。木頭村には林業も農業もある。水をたっぷり含ん
だ豊かな山を育てる夢を持った若者達を迎え育てる村になり、そこにどんどん面
白い人間が集まり、友達が訪れる。木頭村で林業を学んだ若者が巣だって、日本
や世界の荒れた山を蘇らせていく。夢だろうか。たわごとだろうか。感傷だろう
か。

まさのあつこ