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∞∞ダム日記125(ナイルの子供)∞∞
*初めて開いてくれた方へ*
ダム建設に反対する木頭村(きとうそん:徳島県)の応援日記ですm(_ _)m。

12月16日(土)

シンクロニシティ(偶然な、けれども意図したかのような遭遇)ってあると思う。

たまたま手にしたCDさえも、木頭村の応援をしている(^_^;)。

先日、ナイルの歌い手、ハムザ・エル・ディンのタール演奏を、寝ころんでダラ
ダラ聞いていた。アラビア語か、彼の部族の言葉か、ふと、「何を歌っているの
かな?」と、歌詞カードに手を延ばして、驚いてしまった。
エジプト版「ダムの歌」だった。

B.C.3000年、ヌビアの土地は実り豊かにして、人々や動物に恵を与えた。
その土地が砂漠にのまれ始めるほんの(^_^;)数世紀前まで。
やがて、肥沃な土地は一握りに残され、人々は出ていかなくてはならなくなる。
そしてついに、アスワン・ハイ・ダムの建設の音と共に、ヌビア部族に残された
その一握りの恵さえもが、水の下へと永遠に消えていくことを人々は知る。

この背景(↑)、英語のまま残されていた長い解説の要約。

とつとつと、ハムザ・エル・ディンさんは歌います。
触りだけ、紹介しますね(^_^)。
     
 砂の丘の上に立つヤシの木は ほくたちの愛を守ってくれた
 その木陰にやさしく包まれて ぼくたちの愛は育ったのだ
 ああ 悲しいことに その木は 水の中におぼれてしまった
 (中略)
 おお アラーよ 許したまえ ヤシの木を水に沈めた人たちを 
 アラーよ 許したまえ ヤシの木を見すてたぼくたちを
 
中村とうようさん訳:「ムワシャー(幻のベール)」(ビクター)というCDのAS
SARAMESSUGA(アッサラメッスーガ)− 子供の頃、という歌です。

なんの因縁か、この人に昔、会ったことがある。
鎌倉の小さなお寺で、ハムザさんの小さなコンサートがあったのだ。
私は、その時、鎌倉に住んでいたわけではない。
すべては(縁さえも)循環し、帰ってくる。
そんな宗教的な気分になるのも、ダム反対の木頭村を応援しているからだ、と思
えば、世の中の大半は、何をやっていようと、すべては学びのプロセスなのだ。

だから・・・
29年、百年一日、必要のなくなったダム建設推進に851億円を浪費し続けた
建設省(今日の新聞見ようね)は、「学びのプロセス」という、血税より大切な
ものさえ、浪費したことになるし、「ダム反対」の闘いの繰り返しで人生の大半
を浪費しなければならなかった住人たちは、その健全な「学びのプロセス」が阻
害されていた。これは、重大な人間の尊厳の侵害ではないだろうか。国家権力に
よる人権侵害......法律の勉強もしなければならないのだろうか(゚o゚)?。面倒く
さいからやんぴっ(゚.゜)\ボカッ。

怠けてダラダラしていたつもりが、勤勉にダム日記を書かねばならない!これと
いうのも、ニッポンがだらしないからだ!というのは、単なる八つ当たりか(^_^;)?

で、ニッポンって誰?私だよね。あなただよね。うぐぐ(~_~;)。

まさのあつこ