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∞∞ダム日記132(かすかなる記憶)∞∞

1月11日(木)

私は転勤族の娘だったから故郷と呼べるものがなく、「根なし草」を意識しはじ
めた高校の頃、「あ、な〜んだ。私の故里はニッポンだ、と思えばいいんじゃな
いか!ちょっと範囲が広いけどさ。なんて名案なんだ!」と発想の転換をした日
があって、その時の嬉しかった気持ちは、今でも思い出すと嬉しくなるほどだ(^
_^)。

【ちょっといい話だぞ】
政治家がゴタゴタやっている間に(せっかく武村大臣に手紙を書いたのに、今度
は久保さんか?)、インターネットでダム日記を見つけてくださった人からメー
ルが届いた。

>小学校の低学年の時、木頭村に行った覚えがあります。

>場所は、大阪の守口市にある来迎寺(らいこうじ)幼稚園の分校でした。
>そのときの記憶は結構鮮明に残っています。
>川の横にその分校があって、川のせせらぎが聞こえていました。
>川には、ハゼみたいな小さな魚やその他の魚がいて、
>流れを川の中で変えることによって、
>魚をつかまえて遊んだ記憶があります。
>夕方になると、ひぐらしの音が聞こえ、のどかな雰囲気でした。

>今の木頭村はどうなっているのでしょうか?
>いまでもその分校はありますか?
>ダムの建設で村が水没するのでしょうか?

>homepageで写真をのせて頂けませんか?

今は岩手県にお住まいの方だ。じ〜ん(;_;)。写真の方は、仲間達が入れる準備
をしているけれど、もう少し、時間をくださいm(_ _)mとお願いをして、それか
らすぐに木頭村の人に聞いてみた。
すぐに回答をもらった。
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木頭来迎寺学園は、昭和49年4月、美しい自然の中で幼児と青少年を含めた人
間錬成の場として、大阪府守口市に本部がある福祉法人来迎寺学園が分校を木頭
村に設置したものです。
木頭分校でも保育事業を実施。地元木頭村の幼児も多数通っていました。
宿泊訓練の場として活用され、守口市の本校からも木頭村へ来ていただき交流事
業なども実施していたようです。
残念ながら、諸般の事情(幼児減少や財政的理由)で、昭和63年をもって閉鎖
となっています。
その後、用地や建物は今もありますが、村に譲っていただき、管理をして企業誘
致などに利用させていただいております。

さて、校舎のまわりも当時のままで、川のせせらぎ、セミの声も聞こえますが、
木頭村ではこの上流数キロの場所に巨大ダムを作られようとして村あげて反対運
動をしています。きれいな川の流れを後生まで伝えたいと思っています。
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あんまり、ジンジンする話なので、相方にお願いして、ダム日記に載せさせても
らうことにした。
当時の施設の案内もまた、むむむ、である。
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1、名称   児童福祉施設来迎寺学園
       青少年野外活動センター
2、所在地  徳島県那賀郡木頭村大字出原字坂本12の2
3、主旨   「青空はいつ戻る」と通りいっぺんの脱都会、脱公害でなく
       緑の大地のしっかりと足を踏ん張り、失われつつある自然を
       再び取り戻すべく、この地木頭で両手を高々とあげ、人間と
       自然の調和をうたい、万物にいつくしみの心を持ちたい、そ
       んな希いでいっぱいなんです。
4、事業内容1、地域社会と密接なつながりの中で、素晴らしいふる里に育
       つ子供たちを大地いっぱいかけまわる、よりたくましい子ど
       もに育てるべく、父母、学園、地域協力の下に保育事業を行
       ます。
      2、当施設を利用する大都会をはじめ、あらゆる地域の青少年
       を迎え、緑と大地の中のグループ活動のすばらしさを推進し
       ます。
      3、そのため学園は、その主旨達成を期する人と器具を備え、
       創造性を育成するための活動を行います。
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これだけでも、あぁ、やっぱり、特定の風景や、音や、所謂、五感に結びつく故
郷をもっている人っていいなぁ(私のは、第六感による故郷だから)、と思って
いる所へ・・・、一昨日、東京新聞の神奈川版の人を紹介する覧で、「木頭村の
未来を考える会」のことを含めて(なんと全身写真入りで(^_^;)、大袈裟な記事
で取り上げていただいたおかげで、那賀川下流で育った69歳のご婦人から電話を
いだだいた。
ご婦人「こんなに遠くから故郷を守ってくださる方がいると知って嬉しくて」
まさの「あっ、いえ、何もたいそうなことはしてないんでして、はぁ、申し訳な
いくらいで」
ご婦人「いえいえ、蟻の一穴が大切なんですよ。それをやっていらしてる」
ま(その言葉を聞いて急に元気が出て)「はい!そうなんです。蟻です。今まで、
日本は変わらないと諦めていた人がほとんどだと思うんです。でも、政治家はあ
んなだし、蟻だろうとなんだろうと、やれば、変わるかもって皆、思い始めてい
る所かもしれないんです」
ご婦人「私には何ができるかしら?」
ま「えーと。大蔵大臣に手紙を出すっていうのをやってます。お送りしますから
ご協力いただけたら嬉しいです」

ってなわけで、ますます、ジンジンしてぴょんぴょん飛び上がって喜ぶ一方、故
郷のかすかな、あるいは鮮明な記憶の底から、連絡をしてくださる人の気持ちを
通して、私も故郷への気持ちがちょっぴり味わえたのであった。わーいヽ(^。^)
ノ。

まさのあつこ