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∞∞ダム日記156(村からの手紙)∞∞
番号を間違えたようで、ご指摘ど〜も、谷口さん!

3月21日(木)

木頭村の見知らぬ人から初めて手紙を受け取ったのは、去年の4月8日すぎ。
ダム日記を始めてから2ケ月目だ。「木頭村」という住所が書かれた縦長の白い
封筒を郵便受けに見つけた。ドキドキしてアパートの階段をカンカンカンと駆け
上がった。
部屋に入って、バタンとドアを閉め、ドスンと正座した。
「余計なことをしてくれるな!」そんな手紙だったらどうしよう。「あぁ、どう
か、どうか!」祈るような気持ちで、いつもなら手でビリビリ開けるけれど、鋏
で開けた。

〜〜(^.^)〜〜村からの手紙〜〜(-_-)〜〜

那賀川べりの桜も満開になりました。
初めてお便りします。
先日、ヒョンなことから○の☆さんから貴女の「ダム日記」読ませていただきま
した。
私、もし「細川内ダム」が出来たら真下に住む西宇のダムサイトの隣(?)の林
業者の家内です。六十二才です。昭和四十六年(いやもっと前か?)頃からの反
対し通している一人です。藤田村長になって少し肩が軽くなっています。
貴女の「ダム日記」拝読して本当に今迄私共が主張(今迄はワカラズヤのオバハ
ンがトエヨル(木頭弁で大声でどなること))して来たことが遠方の方々にも御
理解いただける様になって本当にうれしいです。
三月、四月は林業を家業としているものにとって一番忙しいときで、植付、枝打
ち等、ですからとても丁寧なお便り書けそうにもありませんがとりあえず御礼申
し上げたく、目の前に貴女様がいられたら溢れる様にお話したいです。
それも二十数年間のグチ一ぱい聞いてほしいです。
天野礼子様がいらした時も押しかけていってまくし立て後ではづかしかったです。

村の80%の人が反対になり村の予算(ダム反対のための予算:まさの加筆)がつ
く迄になった事。泣けて来て説明出来ません。年のせいでしょうか。
初めての方に申し訳ないのですが、仕事少し楽になり次第よろしければお話した
いと思います。FAXなどありませんのでお手紙書きます。☆さんからお所聞いて
からも十日もたってしまいました。
貴女のこと少しも存じ上げませんのに、私の後に力強い援護射撃があると感じま
したので、取りあえず御礼申し上げます。

政野様
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私は嬉しくって今でも読み返していて涙が出てくる。喜んでくれている人がいる。
ダム日記なんて得体のしれない掲示板にアップしているだけなのだ。誰が目に留
めていてくれてるのかも分からない。それなのに「援護射撃」だなんて。このご
婦人が喜んでくれる限り、私は応援しよう。させてもらおう。叫び続けていれば、
読んでくれた人だけでも気づいてくれるかもしれない、くれないかもしれない。
とにかく今の私にはこれしかできない。だからこれでいい。走った。一目散に。
気づいた時には、仲間がいた。

まさのあつこ