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∞∞ダム日記163(表彰状)∞∞

4月9日(火)
酸豚に、焼き豚に、煮豚に、豚にも色々あるけれど。。。
そう今日は二風谷(にぶたに)ダムの話(゚.゜)\ボム☆。

1995年夏に、建設省が設置を決めた「ダム審議会」は、全国に11ある。
それらは、簡単に言うと、計画が立てられてから十数年以上が過ぎて、なお「地
元住民の賛意が得られていない所」または「社会的ニーズがもはやなくなった」
ダムや堰だ。
その中で一番北にあるのが、北海道の二風谷ダム。上記の両者の理由をはらんで
いる。

【アイヌ新法】
地図で言えば札幌の右斜め下。日高山脈から流れ出る沙流(さる)川。
「日高ケンタッキーファーム」の上流、と言って分かる人もいるかもしれない。
あの辺りに行った人なら知っていると思うが、アイヌの人々に会うことはまれだ。

「和人」は、先住していた彼らを広い土地から追い出して、二風谷など狭い地域
に押し込めた。和人は、今度、アイヌに残されたその土地も、水の下に沈めよう
と言う。
北海道開発局は、「聖地だ」というアイヌの声をみごとに踏みにじって、4月2
日、試験たん水(試験的な貯水のことね)を初めてしまった。

さて、朝日新聞4月8日朝刊社説によれば、前日の4月1日、ある報告書が内閣
官房長官に提出されたそうである。
「アイヌの先住性と民族性を初めて公式に認め」た上で、「アイヌ文化が保存さ
れ、アイヌ民族の誇りが尊重される社会をつくるため、アイヌ新法を制定」すべ
きだ、という内容だ。しかし、「先住性」とセットであるべき「先住権」には触
れていない。
その後で、社説が凄いことを書いている。

【ダム日記から朝日新聞社説に表彰状をあげます】
「アイヌ文化を尊重するという報告書を受けた直後に、アイヌの人々の神経をさ
かなでする行政行為を実施する。その想像力のなさは無残と言うほかはない。ア
イヌ新法が動き出す前に既成事実を積み重ねておこうという意図でもあるのだろ
うか。
試験貯水を中止し、ダムの運用開始の適否の判断は、アイヌ民族の代表も加わっ
た新法づくりの論議の中で進めることこそ、報告書の考え方に沿うのではないか」


その他「萱野さん(アイヌ民族であり地権者である参院議員)らはダム建設に反
対し、用地買収を拒否している。国側はダムで水没しても記録映画や模型でアイ
ヌ文化を守ることができる主張している」(毎日新聞の速報)、「二風谷地区は、
住民約四百八十人のうち八割がアイヌ民族」(時事通信速報)など、新聞は続々
と書き立てている。

さて、問題は、もう一つ。

【北海道開発局の惰性】
同局は、洪水調整(これは毎度言ってるのでもう言うのも嫌だが、ダムの洪水調
整機能は微々たるものでしかない)とか、工業用水、水道、発電を目的として計
画した。
それが1970年。26年前だ。
これを苫東(とまとう)用水計画という。
1993年9月になって、「核融合施設(国際熱核融合実験炉(ITER)」の誘致、199
3年10月に「産業廃棄物処理施設」などの計画が決まる。
これらの事業は、地元のコンセンサスを得ているのか?
これらの事業は、ダムの水を必要とするのか?

北海道開発局は、「建設省が地域住民らの意見を十分聴取するために設置を指示
した沙流川総合開発事業審議委員会」を開くが、3月13日に「ダム機能をチェッ
クするために重要な試験たん水の早急な実施を望む」があって、さっさと貯水を
始めてしまった。

先出の萱野議員は用地買収を巡って係争中、4月12日(金)には彼を中心とし
た「二風谷ダムを問う」集会が開かれる。
とても「地域住民らの意見を十分聴取」したとは言えない。

今までこの日記で話題にしたダムで、審議会の対象になっているのは、「細川内
ダム」「吉野川河口堰(建設省はこれを吉野川第十堰と呼ぶ)」「苫田ダム」、、
、建設省によるダム審議会のいい加減さは、急速にボロを出しつつある。

貯水が始まり4月8日になって、梶山官房長官が、「もう1度、建設省に問い合
わせ、対応をはかる」と述べた。この問い合わせは、何か意味を持ってくるのか?


まさのあつこ