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「ダム日記」続編←  1996年 5月 25日  →審議委員会1(変わる建設省)

∞∞今後の4つの計画∞∞

多くのことを同時に考えてやっているので、私の全体を見る人は、しばらくの間
は、ちぐはぐな印象を受けるかもしれません。3カ月くらいすれば、私が何をし
ようといているかを分かってもらえるかもしれない、というくらいのスタンスで、
進めていこうと思うので、長い説明は避けますが、私の持つテーマを説明してお
く必要はありそうです。

私は、今、1年以上、ダムのことと関わってきていて、「ダムを造る時代は終わっ
た」と改めて思います。
では、本当に終わらせるためには、何と取り組めばいいか?

第一に、建設省と市民の論理が噛み合っていない。
どこがどう噛み合っていないのか、これは検証する必要があります。
何故だろう、何故だろう、とずっと不思議でした。
「噛み合っていない」のは分かるのですが、何故、噛み合わないのだろう、とい
うことが分かるようで分からなかった。が、長い間解けない問題がある日、ひょ
んなことで突然分かることがあるように、このことも私の頭の中で、急にベルリ
ンの壁が崩れたみたいな崩れ方で昨日はっきり分かりました。
しかし、1年かけて運動に関わって出てきた答えを、皆さんにも分かってもらう
ためには、じっくり、一つ一つの実例であげていかなければ、とても、私の検証
が正しいということを分かってもらえないでしょう。
そして恐らく「何故、建設省は変われないのか」と苛立ちを感じてきた人の無用
な苛立ちを沈めることもできない。

これから、ダム建設の時代を終わらせるために、何をすればいいか、私には何が
できるか、それを述べます。今後の私のテーマです。

1.建設省は変わろうとしている。その改革をどのようにして行なおうとしてい
るのか、を伝えることによって、人々の、建設省に対する意識を変えていきたい
と思っています。何故なら、建設省の改革を阻んでいるものには、「人々の諦め」
があると思うからです。変化は急には訪れない。その組織が巨大であればあるほ
ど。そのために、変化が鈍い、または、的がはずれている、と非難されることに
よって、建設省は、その非難を打ち消すためにエネルギーを使ってしまい、貴重
な時間すらをも失うでしょう。
また、早く変わって欲しいと痛切に願うダムバスター達も、建設省批判に明け暮
れていては、時間を浪費するだけです。
もう一つ、この際、指摘しなければならない点は、これまでダムバスターは、建
設省を激しく非難をしながら、片方では、過大評価をしていたことです。
つまり、「建設省は社会の変化に応じて、変われるべきだ」と。これは、「ウチ
の子は東大に行けるはずだ」という親のエゴと同じことです。考えてみれば、官
僚の多くは「エリート」なので、この例え以上に、私たちの頭の中に、「彼らに
はできるはずだ。できるはずのことをやっていない」という「デキル子=エリー
ト」に対する親の勝手な論理があるのかもしれません。
建設省は子供だ。こんなナマイキを言うと、建設省の人は会ってくれななくなる
かもしれないけれど、私はそういうふうに思って、「建設省を育てていく」こと
を一つの目標にしたい。愚かな母性本能と思われればそれでもいい。「変わりた
い」という子供を見守り、励まし、助ける役目を担っていきたい。
これをテーマにしたものが、「審議委員会」シリーズです。

2.建設省にだけ任しているのは間違いだ。建設省とは、ひとつの「組織」です。
組織には、組織存続の本能があることは間違いありません。ダム建設を止めたア
メリカは、では組織存続の本能がなかったのかというと、そうではありません。
彼らの場合、もっと単純で合理的です。組織の存続本能よりも優るものが勝った
のです。
それは、環境に対する意識であったり、経済的分析であったり、少数民族を尊重
する意識であったりします。
彼らはこうした意識をどうしたのかというと、制度を整え、法の網をかけていく
ことで、「組織の存続本能に打ち勝った」のだと思うのです。
どこまでできるか分かりませんが、私は今後、建設省という組織の外にある、あ
るいは建設省自体がその上に成り立っているとも言える、現在の日本の仕組み
(法制度)自体を検証し、新しく必要な法政化の動きをキャッチし、それを支援
し、場合によっては、自分から法律家の助けを求めて、ダム建設の時代を終わり
にするための立法を働き掛けていきたいと思います。
すでに多くの人が注目し、私の認識しているもので、最低限重要なものが3つあ
ります。
・環境アセスメント法
・公共事業コントロール法
・情報公開法

その他にも、不要/無情なダム建設に網の目をかけていく法律は、数多くありま
す。私は法律家ではありません。しかし、この問題に取り組むしか他に手はない。
そう思っています。
頼みの綱として、法律関連のゼミに通い始めました。そこで法律素人の私が学ん
でいくことを素人の私の言葉で伝えることによって、皆さんも、日本がどんな仕
組みでできあがっているのか、どんな構造でダムは造られていくのかということ
を、改めて振り返っていただける機会になったら、と思っています。何事も「理
解すること」が第一歩だと思うからです。これを「村長は同級生」というタイト
ル(!?)で、連続掲載でお伝えしていきたい。

3.人々の無関心は一番の敵だ。この敵は小さく分かれています。
人々の無関心自体が敵ですが、その「無関心」にたいして無関心で、ダムができ
ていく構造の一つでしかない建設省ばかりに向き合っていると、ダムバスターは
孤立します。
人々を啓発、啓蒙する役目もある筈のマスコミが、無責任な大衆と一緒になって
「権力」批判に明け暮れ、これもまた、ダムができていく構造の一つでしかない
政治家と行政の分析しかしないのであれば、そのマスコミこそが敵です。
とはいえ、人々の関心を引きつけていくというのは大変エネルギーの要ることで
す。今まで、私は、ダム建設推進反対の攻防の現場で闘っている人の事をできる
範囲で伝えるという自分の関わり方、そのために現場にかけつける、というやり
方を、現場の運動より、一段低いものと卑下してきました。
しかし、それを止めます。誰かが伝えなければならない。そして、無関心を解消
すること、つまり、人々の頭の中を変える、既成の常識や慣習を打ち破るという
ことは、非常にエネルギーの要ることなのだ。これは、現場での運動と両輪でな
ければならない。その「片輪である」という自覚を持って、大手を振ることにし
ます。
1を掲示板スピリット、検索キー「ダム」で、あるいは、FENV電子会議室6番
「開発>審議委員会」というタイトルで連続連載します。
2は掲示板スピリット、検索キー「ダム」で、あるいは、FENV電子会議室6番
「開発>村長は同級生」というタイトルで連続掲載します。それから、法律関係
のフォーラムをこれから探すつもりです。

4.3とほぼ同じなのですが、もうひとつ、底辺を広げるためのイベントを今年
も何かひとつ、やろうと思います。去年は「木頭村へ行こう&おじゃましますコ
ンサート」でした。「チャリンコ」と「音楽」という組み合わせで、パソ通だけ
の運動より少し広がりました。今年は、「デザイン」というテーマで取り掛かろ
うと思います。こうしたイベントは、底辺を広げるだけでなく、運動に関わって
いながらも気分転換ができて、脳味噌を広げることになります。これに関しては
協力者、アイデアを募集します。
時間ができ次第、企画書をアップします。

長くなりました。手を広げ過ぎのような気もします。
約1カ月ダム日記を休止した結果、とんでもない所へ漂着してしまった。
一体これからどーなるんでしょう。わしゃ、知〜らん。という半ばいい加減な気
分で構えずにやっていきたいと思っています。
今後とも宜しくm(_ _)mお願いします(^^)。

まさのあつこ
木頭村(日本)の未来を考えるHPもよろしく(VYC00431→KITOU95)