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∞∞ 村長は同級生5(閣法の怖さ)∞∞

6月15日(土)
過去10年のデータ(「法学セミナー96.7月号」p.21参考)で言うと、法律にする
か否かで国会に放り込まれた案のうち、一方は、10本中9本以上(94.5%)通過
する内閣提出法案で全体の72%を占める。残り28%は、提案されても60%は廃案
になる議員提出法案。
閣法と議員立法の割合は、提出の段階で、7:3、成立の段階で9:1。
つまり、与党側からの提案でできる法律が圧倒的に多くて、ほとんど全部成立。
野党からは、提案も少ないし、提案されても半分以上はポシャル。

このように法律作成過程がパターン化されているのが国会。このパターンに沿っ
て、与党はパチパチと手を叩いて可決。それが嫌なら、野党は、審議放棄か牛歩
戦術、はたまた住専の時のようにピケを張ることになる。あるいは、与党にとっ
ても都合が悪くない法律なら、野党側の提案するものでも可決される。それは地
域振興や業界団体の要望に応えるための法律などらしいが、これがどういう意味
を持つのかはまた勉強しなければならない。

いずれにしても、審議しようがしまいが、可決される運命のものと否決されるも
のの運命は決まっていて、真剣な審議はやるだけ無駄、しかしとりあえず審議の
ふりをする。
極端に言うと、これが今の国会だ。審議の場ではなく、単なる多数決の場になる
わけだ。
今まで持っていた国会のイメージはかくも簡単に裏付けができるのだ。

では何故、こんなことになってしまったのか?
閣法の元である政府提出法案の「政府」とは内閣である。では内閣はどこからど
う理論を積み上げるかというと、なんと官僚(行政)からなのだ。
このことに立ち入る前に、「唯一の立法機関である」国会の議員が、その立法
(法を作る)能力があるか、という問題がある。答えは、小説家坂口安吾の「風
博士」ふうに言うなら「否(いな)、否、否、100遍否」である。国会議員は必
ずしも法律家ではない。では助けが必要である。この助け、というのが官僚なの
である。
(あとで述べるが、本当は、国会図書館スタッフや法制局など、別の補助機関が
いっぱい正式にあるにも関わらず、使われないまま、である。ポッと出の新人タ
レント議員などは、まず、そういう存在があることすら知らないんではないだろ
うか?アンケートでもやってみたい所だ。)
「助け」と言えば、聞こえはいいが、実際には、コロコロ変わる内閣の方は、主
従の従で、主は官僚であると言ってもいいのではないか?

官僚が法律を作っている。そう言ってもいい。行政機関である官僚達が、陰の立
法機関になってしまっている。
その法律が、官僚に都合のいいようにできていても、知識も経験もないから国会
議員には手直しをしたくてもできない。実力もない。
先日、管厚生大臣のメモにはない「当分」という言葉が、天下りを自粛したくな
いと思っている官僚によって勝手に書き加えれていたのが露呈するという出来事
があったが、これは、このようなことが法案作成面においても、起こりうること
を想像するに十分な材料だ。

だからこそ、官僚に都合の悪い法律はできない、と。

何をどう何故、牛耳りたいのか分からないが、規制緩和はなかなか取れていかな
い。官僚は「失いたくない人」なのかもしれない。規制=官僚のコントロール。
また天下り機関である財団や特殊法人など外郭団体は、なくても誰も困らない、
あっても税金の浪費にしかならない。廃統合をしようという機運になっても、最
後の所で決まらない。
政治家がだらしないからだけではなく、無知な政治家がどうしようもないほど官
僚の頭がいいからだ。(こういうドロドロした部分が見えてきて、新聞で楽しめ
る紙面が増えてきた(^_^;)。)

では、こうした官僚のコントロールから、どのようにしたら、国会議員は逃れて、
国民のための法律作りができるだろう? その答えの一つはもう用意されている。
あとは、実行のみだ。次回はその話にしよう。

まさのあつこ