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ダム日記181(海で初泳ぎした)←  1996年 8月 5日  →ダム日記184(遠回り)

∞∞ダム日記183(三重苦と政治犯)∞∞

8月4日(日)

私は怒った。徳島の「水郷水都」の最終日に参加せず、夜行バスで今朝のうちに
帰って来たのは、相棒と一緒に遊ぶ時間を作ろうと思ったからだ。「日曜日は泳
ぎに行こう!」
すると、なんと相棒は、土曜のうちに終わらせておくと言った仕事に、一日中手
をつけなかったばかりか、自分のパソコンが壊れてしまったことに今朝になって
気づいたのだ。
が〜ん(*_*)!それは遊びにもいけない、私のMACを譲らなければならない、とい
うことを意味するのだ!私は相棒と我がMACを残して「私が帰ってくるまでに、
終わらせておくこと!」という捨て台詞を残して、チャリンコで飛び出した。水
着を来て、チャリンコパンツをはいて、ふた山越えて泳ぎに行った。地元の海は
めちゃくちゃ汚かった。
一昨日見た木頭村の川(時間の都合、泳げなかった)を思い出して、メチャクチャ
腹が立った。く〜(;_;)。何故、わざわざ、帰ってきて、こんな汚い海で泳がね
ばならんのだぁ。書きたいことが山ほどあるのに、何故、彼にMACを譲ってしまっ
たのだぁ。もっと詳しく話を聞きたい人が徳島には沢山いたのに、何故、私はこ
こにいるのだぁ。
三重苦に私は悶絶した。

・・・・たかが、これくらいの不自由で三重苦だと騒ぐ私に、以下のテーマを語
る重みは持ち合わせない。が・・・

【「11月14日」という名の曲】
水郷水都の昼休みに、Tさんと会場の階段に座ってお弁当を食べていたら、6月
にお会いした徳島のミュージシャンに再会した。
彼が作ったという「11月14日」というテープを買った。
さっき電話をして転載等許可をいただいたライナーノーツは以下の通り。
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日本にも殺人罪をでっちあげられ、無実なのに21年間も獄中に囚われた政治犯が
いる。徳島刑務所に無期刑を強いられている星野文昭さんだ。
1971年11月14日、まやかしの「核」付米軍基地の沖縄駐在を認めた日米両政府の
沖縄返還協定批准に、学生や労働者が渋谷で抗議デモを行ない、機動隊とぶつかっ
た。その翌日、1人の機動隊員が火傷を負って死亡した。
デモ隊のリーダーだった高崎経済大学の星野さんは、その現場にいなかったにも
かかわらず、学生たちの警察に脅されて言わされた証言のみによって殺人罪に問
われ、死刑求刑、1審懲役20年、東京高裁2審判決、無理懲役が下され、87年7
月、最高裁は上告を棄却し、無期刑が確定した。
10年前に獄中結婚した暁子さんが毎月徳島刑務所へ面会に来る。88年に徳島にも
救う会が発足、<沖縄万人の力で星野さんを取り戻す会>と共に、再審決定に向
け署名活動を始める。ようやく、今年4月17日、再審請求を高裁へ提出する。(
後略)
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政治犯。「塀」の中と外で初めて出会って、物理的な障害を乗り越えて、絆を育
てる人がいること。そして、暁子さんの言葉。「命を預けあえる人がいるという
ことは、互いの支えです」(週刊金曜日(1996.7.12)から引用)驚くことばか
りだ。

星野さんの話は、今回の徳島行きに伴って、引き起こされた沢山の出会いの一つ。
どこかへ行くとよく、「語られたがっているキョーレツな話」に出会うので、そ
れをお伝えすることが多分、私の宿命の一つなんだろうと思うことにした。

「星野文昭さんを救う会」のことや、「11月14日」(作詞作曲:AKIO KATO)の
テープ(500円+送料)を手にいれたい人は、ミルクーユ(TEL: 0886-33-1146)
まで。

徳島で市民運動をする人で、ミルクーユを知らない人はモグリらしいから時間が
あったら行ってみよう!と去年の10月に山本まりさんが言っていたのを思いだし
た。
靖子ちゃん、これ、読んでますか? 傷ついた人の視点で社会を作るというあな
たの壮大な夢、どうやったらいいか、まだ、分からんが(^_^;)、きっと大きな和
を作りましょう。

まさのあつこ