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ダム日記204(選挙と川)←  1996年 10月 15日  →ダム日記206(人権侵害調査)

∞∞ダム日記205(人権問題として)∞∞

今日の日記は長くなってしまいましたが、どうか最後まで読んでください。

10月14日(月)
おや〜?NHK のETVが川関係の番組で急に番組を変更したのは2度目だ。
私と同じでチャンネルやビデオをセットしてしまった人、失礼しました。

さて、元木頭村議長(現村議)が、同村議を名指しで批判するビラを書いた平野
豊氏を名誉毀損で告訴した。平野氏は終始一貫「私は事実を書いている」と動じ
ていない。

平野氏は、3回に渡り「ビラ」を発行した。

【1回目は、9月12日発行】
平成6年に制定した「村環境基本条例」と「ダム阻止条例」で義務づけた「村振
興計画」である「木頭ヘルシック」の設立(平成8年に議会で承認)を、元議長
が、代替案を示すことなく阻止しようとしたことを批判。(これについては、同
氏から提案された木頭ヘルシック創業中止決議が、10月2日に、賛成少数で否決
された。)

【2回目は、9月15日発行】
村内の縫製工場からの退職者が「木頭ヘルシック」に採用され、工場は閉鎖を検
討という件に関し、元議長が「村誘致の会社を潰すのか」と言い掛りをつけたと
し、「村をあげてダム問題、村おこしに取り組まねばならない時、何かあれば政
争のタネにしようとするのは、ダム建設をもくろむ人たちの思うツボであり、ダ
ムを推進するための、裏工作に手を貸しているとしか思えません」と批判。

この問題と、木頭村が20余年来抱えているダム問題とどのような関係があるのか、
ダム問題の歴史を知らない人には、分かりにくいに違いない。3回目のビラの要
旨を読んでもらったあと、少しだけ解説させてもらう。

【3回目は、9月18日発行】
ダム反対住民が、那賀川流域にダム建設阻止協力を宣伝車で呼びかけた際、「村
外へ走っても経費の無駄遣いじゃ、何もならん」と圧力をかけたり、県が「細川
内ダム生活相談準備所」を設置しようとしたとき、反対住民約50人と共に抗議行
動をした村の職員を叱咤したり、住民の反対運動が激しくなると村理事者に「反
対運動を抑えろ」と言ったりした等、これまで強い発言力を持ってきた同氏が、
反対運動や住民に圧力をかけてきたことを伝えている。

さて、今回、名誉毀損を訴えた元議長は、「選挙公約」では、他の多くの当選議
員と同様「ダム反対」を唱えている。ちなみに建設省主導のダム審議委員会への
出席も村長と共に出席を拒んだ人だ。
一方、木頭村には、「ダム容認派(県の話も聞こうという姿勢)」であることを
明らかにして当選した議員もいる。
それが、木頭村民の80%がダム反対という木頭村の実態だ。

「ダム反対とか賛成とか、それは個人の自由です。賛成という人がいても私は非
難も何もしません。しかしあの議員は、ダム絶対反対という公約を掲げて当選し
た人なんです。彼がやっていることは公約違反だということを分かってもらいた
かったんです」
ビラを出した直後、その理由を平野氏は、そう話していた。

平野氏は、第三回のビラでこうも書いている。
「久米議員が公約どおり本当にダム建設反対なら、住民運動を支援し、激励する
のが当たり前だと思いませんか」
その真相は、元議長と、もし、彼が平野氏の推測どおり裏工作を頼まれているの
であれば、その人達のみにしか分からない。

それはこの際、第三者として見る私達には重要ではない。
私達が認識しなくてはならないのは、木頭村民は、絶えず、20年以上も、こうし
た疑心暗鬼と誹謗中傷と限りない噂や憶測の中で、暮らしてきていることだ。

これは人権問題だ。

憶測を許し、村民どうしに誹謗中傷させ、ビラの応酬、そして今度のような名誉
毀損問題まで引き起こすダム建設計画の中で、一度たりとも、人間的に、理性的
に、「反対なら反対」、「賛成なら賛成」と、個人が自由な立場で、発言し、そ
れが尊重される場が確保されたためしはない。その試みすらない。
これは、河川行政の失策だ。

立ち退き拒否者が、現在あとたった1名になった岡山県の苫田ダムでは、その長
い反対運動の歴史の中で、推進側の県の担当者が自殺に追い込まれた。
当人達は、翻弄されていて何が起きているのか分からない。
当局は見てみぬふりどころか、あざ笑っているのではないかとすら思う気味の悪
さ、胸糞の悪さを感じる。

ダム問題は、環境問題より前、財政問題より前に人権問題だ。
これまでの日本のダム建設と住民の歴史には、一つのパターンがある。
村の理事者が「反対」の立場で始まり、やがてギリギリの所で裏返って「賛成」
に回る。その間、推進する権力者は「補償金」だ「補助金」だと金をアメに、人
の心にムチをふるい、人間関係を疲弊させ、最後の心のひとかけらをもズタズタ
に踏み潰した後に、山と川を壊す。キンピカのダムができても、賛成派であれ、
心から喜べる人などいない。

裏も表も筋金入りで「ダム反対」の現藤田村長が就任してから、初めておおっぴ
らに「反対じゃ」と言えるようになったという村民がいた。その人達の中に、先
日(9月11日)自殺した助役がいた。
「反対」路線ひた走りの藤田村長を、行政マンとして全身全霊で支えた人だった。


木頭ヘルシックにもまだ多くの課題は残っている。しかし、とにかく、工場は完
成し、10月4日、創業を開始した。これから木頭村が生み落とした第三セクター
「木頭ヘルシック」をどのように応援できるか、考えている所だ。

まさのあつこ