TOP 1-100 101 - 200 201 - 300 301 - 400 401 - 500
ダム日記213(権力による人権侵害)←  1996年 11月 1日  →ダム日記215(因果関係)

∞∞ダム日記214(絵にかいた餅)∞∞

10月31日(水) あ、昨日は日にちを書き間違えた。

法務省人権擁護局の調査課に提出した「第1回ダム事業関連人権侵害調査報告」
の4ページ目です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(3)絵にかいた餅の事例(水没地住民の期待感を不用意に煽る)

石川県白峰村の事例
58年11月、岡山県奥津町理事者および水没予定者が行った視察に同行したテレビ
記者のインタビュー「(ダム水没地住民の)先輩としてどうですか?」
手取川ダム水没地住民「いやほんとにもっともっと自分の村がなくなるというこ
とに対してもっともっと勉強して一生懸命取り組んで欲しいと思う。私らほんと
に「県の知事さんを父と思い、村長さんを母と思ってついてきてください」とい
う言葉をそのまま信じたんやわ。そのまま信じてきた。けどやっぱり、やっぱり
自分らの味方ではなかったと考えるわね。その言葉だけで、やっぱり私は田舎も
んや、そんな言葉にほんとにあぁやっぱし私らのこと真剣に考えてくれて、そう
すれば石川県全体が潤うことであって、私もうかばれることがあるんかなと思っ
たことが、やっぱりそうではなかったようにも思うわ」
ナレーター「ダムができると、村の働き手は下流の町にでました。石川県が約束
したダムのあとの計画は、担い手がいなくなったという理由でご破産になりまし
た。家と道路は新しくなりましたが、村の人口が減った分だけ、村の力がなくな
りました」
(RSK報道特別番組「甘柿・渋柿」苫田ダム前夜 昭和59年6月24日放送より)

苫田ダム計画の事例
ナレーター「奥津町の新しい振興計画が握られていました。もちろんダムができ
たらの話です」
画面:奥津町振興計画という文字の下に、自然レクリエーション、農業振興、観
光保養、スポーツレクセンター、生活再建と書かれた地図の再現
岡田町長(59年1月当時)「教育ゾーン、なんとかゾーンとか5つも6つも丸か
いて、まぁ、こりゃ絵に描いた餅にもならんかとわしゃ思うてみたんですが。初
めは約束はどうしちゃろう、こうしちゃろうと言うんですが、ダムをすること自
体がむずかしい。それに企業側としても100も150%も努力して力をいれてやりよ
るんですが。それをしたらあとは放り投げというのが大抵の例ですわ」
(RSK報道特別番組「甘柿・渋柿」苫田ダム前夜 昭和59年6月24日放送より)

徳島県細川内ダム計画の事例
「ダムできたらね、ここへボート浮かべたらいいとかね、立派なプールこしらえ
てやるけんなとか。剣道場こしらえてやね、全国大会やったらどうですかとかね。
ま、言うたら子ども騙しみたいなことばっかりしね、建設省の人がウチに来て話
すんは」(NAVI10月号「ガロの住む村」より)

●水没地住民の被害者意識、無力感を募らせる
岡山県苫田ダム計画の事例
59年1月、テレビ記者のインタビューに答えて水没地権者「いつ食い付くかわか
らんような鯉を何時間も待っとる。もう弱る時分じゃよ。釣らんでも手でつかめ
るような状態になるのをまっとるように僕には思える。その点は非常に。まあ、
国もずるいやり方じゃな。弱ってしもうたものを移したんじゃやっぱり死んでい
くわな。元気のいいうちに次の池に移しちゃらんと。国の考え方はこれに逆行し
て、もう、ように弱ってしもうて、手でつかめると思ってから次の池に移そうと
いうことになるから『ダムの犠牲者』という言葉が出るんじゃないん?」(RSK
報道特別番組「甘柿・渋柿」苫田ダム前夜 昭和59年6月24日放送より)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜以上、次回、死亡の事例に続く

公共事業で人の心を弄んでもらっては困る。

まさのあつこ