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ダム日記220(民主主義と自然保護)←  1996年 11月 16日  →ダム日記222(まりさん)

∞∞ダム日記221(経緯公開の必要性)∞∞

11月15日(金)
昨日は、思考半ばで終わってしまいました、その続きです。
と言うのも、強烈な励ましメッセージ(毎度照れるぜ(^_^;)をHPに書き込んで
くれる「薮の高橋」さんが、「ダム日記をもっと短くしたらいかが?」というの
で、ちょっとご期待に沿おうと、努力しているわけです(^。^)v。

そう、昨日の続き。「ダム事業関連人権調査報告」で、「(6)岡山県苫田ダム
計画・・・子供の人権侵害」を報告しようと思ったら、思考が、「そうだ。ダム
反対運動は、元々、自然保護運動ではなかったのだ」という所へ飛んで行って、
そのまま終わってしまった。

ダムの反対運動は、元々、空気のように吸い込んでいる、自分の住んでいる所や
耕している田畑が、なんのために作られるんだかよく分からないダムの建設によっ
て奪われるという闘いだった。
そして、きまって、「住民はあまりにも知らされてこなかった」。

苦しくも、この言葉は、10月末に襲撃を受けた岐阜県御嵩(みたけ)町長が、就
任直後、県に産廃建設計画の許可手続きの一時凍結を求めた頃に発した言葉だ
(TVで見た)。

「住民はあまりにも知らされてこなかった」
これは、徳島の木頭村でも同じだ。おそらく今、日本に2500基あるという大型の
ダムのすべてがそうして「住民を無視」してできたものであることは間違いない。


【橋本内閣のパフォーマンス】
こんなことを考えていたら、思考はさらに飛んでしまった。
沖縄の振興策としてかき集められた88のプロジェクト。あれは一体なんなんだ?
各省庁から上げられた?橋本内閣の取り組み?
沖縄の住民はいきなりマスコミの報道によって、それを知らされたに違いない。
88の内容すら、しっかり知らされていないかもしれない。
どこの誰とも分からない、もしかすると、沖縄に行ったこともない官僚が、机の
上で、予算書と計算機を片手に作成したものなのかもしれない。そうでないのか
どうかも分からない。これが国家事業だ。まやかしの民主主義。

これでは、40年も前の苫田ダム計画が山陽新聞の「報道で初めて」住民に知らさ
れたり、30年も前の徳島新聞にゆらゆらとはっきりしない内容で(今は治水と言っ
ているが、その頃は、電力、と書いてある)木頭村の細川内ダムの輪郭が書かれ
ていたりするのと、何も変わっていない。

88のプロジェクトは、一体、誰からどんな経緯で上がってきたのか?中央から振
興策を押しつけていいのか?沖縄の人は、沖縄をどんな島にしたいのか、聞いて
みたのか?

88のプロジェクトは、沖縄の地方分権の眠り薬だ。
沖縄開発庁長官を先任にしたのは、見せかけのパフォーマンスに他ならない。
沖縄には、沖縄の知事がいる。市長もいれば町長も村長もいる。彼らが県民に、
市民に町民に村民に、「私達はどうしたいのか?」と語りかけ、「私達はこうし
たい」とあがる声に耳を傾けることが、沖縄の自立であり分権であり振興ではな
いだろうか。声が上がってこなければ何もしなければいい。無反応が不安なら、
小さな行政単位が「不満はないか?」と聞いてみればいい。沖縄に根ざした面白
いアイデアや事業が生まれるかもしれないではないか。それをまとめていくのが
県知事であり県庁であり、それ以上のポストもスタッフも中央では用意しないこ
と。これが行革ではないか。

行革のふり、沖縄への配慮のふり、地方分権のふり。
その実体は、88本のムチが、省庁から沖縄に伸びて、沖縄を今以上にズタズタに
していく。これを拒否したり、取捨選択したり、新たに加えたりするのは、沖縄
県民しかいない。沖縄の人には、どうか、もうひと頑張りして欲しい。

また、飛んだきり帰ってこれなかった。すみません。次回、3度目の正直で、
「子供の人権問題」とダム事業の関わりを報告します。

まさのあつこ