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∞∞ダム日記226(人脈爆発)∞∞

11月22日(金)

【ダム問題を知らない仲間から国際的な川のネットワークまで2年】
ダム日記を始めてしばらくして仲間ができ、気持ちだけは「建設省に一挙に攻め
入らん!」ばかりの頃、仲間からしきりと「Walk! Don't run!」とか「建設省の
みが敵にあらず!」とかの伝令が飛んできた。のんびりゆけ、という。

正直言って、「ク〜ッ(;_;)!」と思った。
現場のことを思えば、気は焦る。
しかし、ダム問題をあまり(または全然)知らない彼らの感覚に合ったものでな
ければ、他の、私がメッセージを伝えたいと思う人にも伝わらないのだろうなと、
思えたので、その通りにした。要するに肩から力を抜いてさぼればいいのだから、
簡単に聞けるアドバイスだった(^^) 。それが去年。

今年は、近しくなった人間が、次々と行動派になっていった。面白かったのは、
別の方向に飛んでいった友人が、とんでもないブーメランを隠し持っていた(^_^;?)
ことだ。

その一人。「日本を良い国にしたいよね」という所で一致し、自分なりのアプロー
チをたおやかに探求している靖子ちゃんという友達がいる。彼女は、その探求の
一環で、先ごろ、一カ月ほどアメリカに行っていた。
その靖子ちゃんが、そこでひょんな縁で、International Rivers Networkの理事
のひとりに出くわした。そうと知るやいやな、彼女は、「ついに!私なりの協力
のチャンスが訪れたぞ!」とばかりに、木頭村のことや、私のことを大宣伝して
くれたのだ。

アメリカからただちに私にe-mailを飛ばし、「活動紹介を送れ!」と言った。し
かし、その頃、木頭村の平野さんの努力のことや、助役の自殺や、タイへの旅行
や、仕事や、その他のなんやかやでキュウキュウだった私は、なんとなく、この
凄いチャンスの優先順位を下に置いてしまった。

そして、先日、奥津町の件であまりにも呆れ果て、この馬鹿さ加減は世界中に知っ
てもらわないと困る!と思って英訳したら、靖子ちゃんから、International Ri
vers Netwokには、ちゃんと送りましたかッ!と突っ込まれてしまった。「あ!
やばい!まだよっ!」と、さぼっていたのがバレてしまった。

しかし、いきなり送ったんじゃ、「Yasuko has a very strange friend!」となっ
てしまう。
それで、「え〜、このたびは靖子ちゃんに〜」と挨拶をして、木頭村のことを書
いて、活動紹介を書いて、ダムバスターズの楽しい仲間たちのことを書いて、と
やっているうちに、奥津町の件は一件落着してしまった(^^;ゞ。
(((((各地から行なわれたらしい一斉抗議FAX作戦は、それなりに効を奏し、反対
派市民の「餅つき大会」のための公民館使用を拒否をした奥津町は、一週間しな
いうちに民主主義の前に陥落しました。11月15日のことでした。正確には、公民
館は建設省の管理下だからと、町民センターを差し出してきたという結末でした))))))。
その代わり、こののんびりしたメールを読んで「勇敢でエキサイティングだ!」
おまけに特に「ダムバスターズ」というのが面白いと言って、すぐにメールが届
いた。
労せずして国際的川のネットワークに手が届いてしまった、というわけです。
ひゃ〜ヽ(^。^)ノ。すげえ〜!

というわけで、靖子ちゃんが投げたブーメランが私の足に絡み付いてすっこけそ
うになった激しい一週間だったのでした。〜(^^) 〜

まさのあつこ