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∞∞ダム日記247(福寿草)∞∞
1月14日(火)

西田ちょびさんが、送ってくれた記事のことで返事を書いていたら、ダム日記み
たいになってきたし、今週は誠に忙しく、ダム日記を書く暇を見つけるのだ大変
なので、日記にしてしまった。ちょびさんが送ってくれた記事は、これまたご想
像くださいm(_ _)m。その中で2点だけ、気になった点があったので、ちょっと
ナマイキなコメントします。

>世銀は93年にインドのナルマダ川のダム計画から撤退
老婆心ですが、念のため。「インド政府は建設を止めていないのに、世銀が撤退
したために、計画そのものがポシャッタと勘違いしている環境NGOがほとんどだ。
水没地の人は、今も苦しんでいる」と、この問題を長期に渡ってレポートしてき
ているインド人ジャーナリストに去年会ったときに、言っていました。
気をつけなければならないのは、NGOとしての「成果」を強調する余り、本質的
な問題を忘れてしまうことだと思う。

世銀は、
>三峡ダムには融資しないと表明している。それは国内では反対の声が封殺され
>ても、国際的に反対の世論が盛り上がっているからにほかならない。
とありますが、これも念のために言うと、世銀はあくまでも「金貸し行為」をや
るわけで、「中国政府が返済計画を明確にしていないことが、世銀が融資を取り
やめた最も大きな理由だ」と、これは、世銀の人が、去年の湖沼会議で語ってい
ました。
単なる「反対ムードの世論」ではなく、根拠のある「融資取り下げ理由」を世銀
はあげたわけです(たとえ、それが表向きでも)。日本の国際NGOに時間と人材
と行動力があれば、日本政府と人々に、中国政府に融資する金の返済計画を求め
るべきだというロビー活動が可能だったかもしれない(やっていたのかもしれな
い)と思う。日本の山奥に根ざした日本のダムバスターが、問題を片付ける頃に
は、日本の全体的な世論として、「ダムの価値は、今まで私たちが信じ込んでき
たものほどのものがあったのだろうか?」というものが出来上がっている頃だろ
うから、私は、日本のダムバスターは、国際NGOから学びながらも、国内問題を、
国内の人に広めていくというやり方をベースにすることが、結局は海外の問題に
も懸念を示す国民を育てることになるのではないかな、と思ったりする。
もちろん、人には、いろいろなアプローチがあって、それでいいので(それでな
くてはならないので)、少なくとも私は、そんなふうに、木頭村の方を軸足に、
日本全体を見ていたい。

そうそう、木頭村では2月中旬、福寿草が咲いて感動的だそうです(^^) 。

まさのあつこ