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∞∞ダム日記257(渡りに西田)∞∞

2月18日(火)
1年かかったけど、法律の作り方の手順が分かった。
国会議員じゃなくたって法律の作り方の手順なんか分かるもんなんですね。
英語では国会議員のことを「Law Maker」と言ったりします。
法律を作る人々だからです。
国会議員とは法律を作る作業人です。

法律の作り方が分かってから、日本の国会を見ると、彼らはどう見てもその「作
業」をするための活動をしていない。国会はおろか、その裏でも、「作業」をし
ていない。人間、言葉を聞けば、その人が見えない所で何をやっているか分かる
もんね。

あ〜あ、与党も野党もさぼってる。忙しそうに見える働き蟻の80%くらいはさぼっ
ているらしいから、きっと国会議員も80%くらいの人が適当にお茶を濁している
んだ。。。

さて、今月の末からアメリカへ行くので、この一カ月は、資金作りに精を出して、
ダム日記をサボリがち(^_^;)だった。仕事の手を休めて国会中継を見るのに「仕
事人」が一人も登場しない。

【西田ちょびさんの渡し船とアメリカへ行くわけ】
木頭村の応援を始めてしばらくして、日本の中ですら取り残されているダム問題
の情報は、海外にも行っていないことが見えてきた。一方で、海外の環境保護団
体は、ODAのことで外務省やアジア開発銀行と建設的な、しかし、あまり注目を
浴びないやり方で、話し合いなどを行なっているのや、それを助ける日本の国際
NGOを横目で見ながら、何か間が抜けているような気がずっとしていた。根は同
じなのに何故一本につながらないのだろう?って。
いつか、たっぷりと時間をとって、木頭村や他の日本のダム問題の実情をつぶさ
に英訳して、実情を世界に知って欲しい、恥をさらしたい、と思ったりしていた。
「間が抜けている」部分も、それで少しは埋まるような気が勝手にしていた(こ
れはまだ分からない)。でも、日本の国内問題すら解決しないのに、インドのナ
ルマダダムや中国の三狭ダムの問題の解決に、日本の世論が寄与できるわけがな
いではないか、と怒りを感じてしまうこともあった。
「この部分は私がやるしかない。私が知っているのだし、できるのだから」
私は思い込みが激しい。やらねば、と思ってしまうのだ。
「でもどうやって時間を作る?誰に知ってもらうの?」という所でず〜っと躓い
ていた。
「渡りに船」は川辺川の運動のルーキー西田さんからやってきた。アメリカのNP
Oで1カ月研修受けてくる、私も行かないか「でも無理だよね。新婚さんだし」
と、パンフレットを送ってくれた。
ほんじゃ、せっかくだから本当に行こうかどうしようかは後で考えるとして応募
だけしておこう、とか私も思っていたら本気になってしまった(^^) /~。
友達の靖子ちゃんを仲人に、International Rivers Networkの人とつながったの
も影響していた。雲の糸をでっかい鉄パイプにできるような気がしてきた。
そういうわけで、来月は、ダム日記はサ〜ンフラ〜ン・シスコ〜からお届けする
ことになります。私が仕事をしてくるのは、Nautilus Instituteというアジア太
平洋地域の環境問題と安全保証問題を活動領域にしているNPO。
自分で課した使命。課せられた使命。向こうから要望されている使命。色々あり
ますが、無事に帰ってくることが最大の目標(^^)です。
他の使命のことはおいおいまた。
「恥ずかしいから黙ってて (/*_*)/」という西田さんのリクエストがやっと解禁
になってさっそくバラしてしまった

まさのあつこ
P.S.週刊金曜日で見つけた方へ
「ダム日記」のバックナンバーは、広島在住のたんぼりさんの協力により、FFIS
Hに全部揃っています。