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ダム日記274(River Law Reform 11)←  1997年 3月 30日  →ダム日記276(当選)

∞∞ダム日記275(旅のオチ)∞∞
3月30日(日)
ふっか〜つヽ(^。^)ノ。ただいま〜!帰ってきたよ〜。
無事の帰国を祈ってくれた方々有難うございましたm(_ _)m。

【留守中のお礼】長良のTOMさん、相模の佐藤さん、その他みなさん、日本から
のパソ通、郵便、FAXによる情報提供感謝m(_ _)m。脳味噌が爆発しないように木
頭村HPはダウンロードしなかったのだけど、皆さん、貴重な情報有難うm(_ _)m。


【出発前のお礼】熊本の川辺川を愛する「県民の会」の皆様、西田ちょびさんを
通して「ダムバスターマーク」日英名刺を寄付していただき、アメリカでばらま
いて笑いを取りました(^^;ゞ。山本まりさん、カラープリンターで作ってくれた
「ダムバスターマーク」シールも、ここぞ!という時に活用し、やはり笑いを取
りました(アタシャ喜劇団か(^^;ゞ)。有難うm(_ _)m。

【興業中(オイオイ(^_^;))のお礼】ドン・パパスさん!!!なんと言っても、
「日本のダムのページ」の日本のダム問題マップは、英語システムでも文字化け
しないので強かった!!!インターン先では「ここが木頭村、ここが東京、ここ
が私の家、ここがこのページを作った人の住んでる所。Yoko(西田ちょび)の川」
と説明し、木頭村の写真が見たいと言われると、木頭村のホームページと、高知
の山本さんのページに、そこから手探りリンクで(だって文字化けしてんだもん
(^_^;)行って、見ていただいた。
インターネットって便利だ。手ぶらで行っても、インターネットでプレゼンテー
ションができるわさ。ダムバスターマーク展覧会は、デザインの質・数共に、
「ワンダフル!」と、これまた非常にウケタ。日本の建設省は情報公開が進んで
いないから、こうして市民の側で、「建設省のコーナー」まで設けてやっている
のだ、と説明すると「おぉ!」とうなっていた。

【スペシャルサンクスto西田ちょび】ニフティにつながらん!騒動で3夜くらい
てこづらせたこと。腹痛で目が覚めた朝にオロオロ心配してくれたこと。川辺の
情報発信にもっと協力すべきだったのに私のペースを崩さないように耐えてくれ
たこと。IRNの「NO DAM」Tシャツをウーキーの分もとプレゼントしてくれたこと。
バックパックにズタ袋にキーボードにコンピュータバックという私のぶざまな荷
物を行きも帰りも運ぶのを手伝ってくれたこと(とても心苦しかった)。そして、
また最後に心配させてしまった・・・(=_=;。

【旅のオチ】帰国の飛行機に乗った途端、こらえていた疲労感がセキを切ってど
わ〜っと出たかと思うと、1回目の機内食まではあった食欲も2回目からはまっ
たく受け付けず(慌てた。熱は1日前から出ていたのに無茶をした)、座るエネ
ルギーすら使い果たし、隣の子にスチュワーデスさんを呼び止めてもらって恥も
外聞もなく「床でいいから横にならせて」と懇願してしまった。本当に辛かった。
「通り道の邪魔になるからそれはできないわ」とムゲに断られ、仕方なしにこら
えているとついに吐き気に襲われて、いつの間にか隣に座っていたセラピストの
おじさんがゲロ袋を用意してくれていたので、遠慮なくゲロった。
このゲロ袋はなんとしてでも自分で捨てに行かねばと、ゲロルとすぐにスックと
立ってトイレに行った。
なんだまだ体力残っているじゃないか、と思って我ながら元気になった。飛行機
が着くと、1カ月共に同じ屋根の下で過ごした仲間のインターン達が、荷物を運
んでくれた。私の可愛い子供達(*^^*)。私はこれからこの子達にうんとお世話に
なるのだ。なんだかそんな気がする。それなのに、最後の最後に格好悪い所を見
せてしまった(=_=;。
入国ゲートをくぐり、カートに積んだ荷物を宅急便コーナーにガン!と預け、ヨ
ロヨロと成田エキスプレスに乗って、また椅子から崩れ落ちそうになりながら、
ガ〜ッと眠り、「終点!」の声で目が覚めると同時に、ハッと気づいた!「家の
鍵まで宅急便で送ってしまった (/*_*)/」

さすがに頭が真白になり、相棒の職場に電話をした。
−−−1時間後、1カ月ぶりに帰宅してやっと横になれた。
「ウチはいいねぇ(^_^)」
「しゃ〜ないなぁ、あんた。持続可能な開発言う前に、ちっとは持続可能な仕事
しいや。いつもこれや。ガー仕事して、パタン倒れよる」
「だって、恵まれた所にいるんだからもう少し頑張れってメールくれたのはウー
キーだよ」
次に起きたのはカリフォルニアの朝御飯の時間で日本の夜中。
「おなか空いたよぉ」と言いながら起きた(^^;。
時さボケの病人ほど質の悪いものはない(^^;ゞ。
食べるとまた寝て、今度は本当に36時間ぶっつづけで眠った。途中一回、目が覚
めた。また「おなか空いたぁ、お風呂入るぅ」と言った記憶があるのだが、また
ふ〜っと気が遠くなって目が覚めたのが36時間後だ。いやー、すっきりした。

苦しくも楽しい1カ月のオチはこんなもんでした。その間、木頭村の村議リコー
ルや、徳島県内の木頭応援団とダム推進派との激しい闘い、国会での質疑など、
見逃せない動きを追うことができたのも、先輩ダムバスター達のおかげです。い
びつな青臭い成長をしようとしている私に、今後ともよろしくご指導お願いしま
すm(_ _)m。

まさのあつこ