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∞∞ダム日記280(伝えること)∞∞

4月10日(木)
「メシの種」仕事が一段落した。2、3日はたっぷりジャーナリスト修業にいそ
しむぞ。その前に、木頭村と川辺川で闘う人々におみやげですヽ(^。^)ノ!

カリフォルニアでオーバンダムを中止に追い込んだ団体の取材に、熊本で闘う西
田ちょびさんを伴って行きました。取材相手がアメリカン川のラフティングのト
レーニング・セッションで講師をする日だったので、それに同行取材したんです
が「日本の活動も聞かせて!」とリクエストが出まして、「それでは」と5分程
かいつまんで、未来のラフティング・ガイドの皆さん約10名余を前に、木頭村の
25年の闘い、Yoko(西田)の愛する川辺川の深刻な状況、政官財の癒着でダム建
設が止らない構造、ダム建設を止めたノウハウを学びたくて取材にやってきたこ
とを一気に話し、最後に「Yokoとは木頭村を応援していてパソコン通信で知り合っ
て、今回初めて空港で出会いました。今日はこうして皆さんの所でYokoと私の守
りたい川のことがお話しできてとても嬉しい!」と結びました。

西田と私が浴びた大きな拍手は、熊本と木頭村で闘う人々のもの(そして全国の
ダムバスターのもの)。それから「食べてけ、食べてけ!」と言うので、川のほ
とりの気持ちいい木陰のランチをごちそうになり、さらに話は尽きませんでした。

帰り際、いつのまにか、ノート2枚に渡り、ラフティング・ガイドのボランティ
アの皆さんが、日本へのおみやげ(Something to bring home!)とメッセージを
したためてくれていました。ダム建設が終ったと言われるアメリカで、木頭村や
川辺で闘う苦しみを分かってくれる。本当に大変な闘いだったんだな(その闘い
が実は今でも続いている)と、改めて読み返して思います。

自分の身体を媒体にして相互に伝え合うことができてとても嬉しい。アメリカに
行った甲斐がありました。そしてこれが、アメリカ1カ月滞在の最終日でした(-
_-)。

        ∞  ∞  ∞
木頭村と川辺川その他の日本の川で闘う人々へのメッセージ!
Friends of the River(川の友)ラフティング・ガイドの人々から

「カリフォルニアからこんにちは!僕たちは皆さんの川のためのダム反対の長い
闘いのことを知りました。僕たちも自分達の川のために闘っています!皆さんの
努力を賛え、邁進されることを願っています。皆さんは独りぼっちじゃない!」

「日本にダムに関する警告を発する繊細さと、闘い続ける強さの両方とを兼ね合
わせた人々がいることを知って嬉しい。その道は長く辛いことを私たちは知って
います。でも頑張って!私たちは皆さんを100%支持します!」

「私は皆さんが闘いを続けることを確信しています。忘れないで。何ごとにも立
ち向かっていかなければ、すべてに屈してしまいます」

「皆さんの骨折りに幸運を!川の言葉が今聞こえないすべての人に届けばいいで
すね。世界の川を守るための皆さんの努力に私たちの想いが届きますように」

「自然と人間の源を守る闘いに幸運を!一日の結果でがっかりしないで。未来は
多くの日々の結果です」

「日本の川を守る闘いに幸運を!日本での取り組みを私達に教えてくれて有難う。
皆さんの努力は、多くの人に今も将来も感謝されるでしょう。頑張ってくれて有
難う」

「あなたのまちを流れる川と同じ状況で、川のことで努力をしている人が世界に
はたくさんいます。独りじゃないってことを覚えていて!皆さんの努力は私たち
を励まします」

原語英語・拙訳御免
まさのあつこ
P.S.し、しまった。またシンポのことが書けなかった(^_^;)。