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5月29日(木)
昨日、木頭村長・藤田恵氏と、徳島県知事が、細川内ダム審議委員会の設置に関
して、2回目の会談を行なった。藤田村長は、委員としての就任をこの2年間、
拒否してきた。

**ダム審議委員会とは**
95年7月に、長年手付かずになっているダム事業を評価するシステムの「試行」
として、建設省の通達で始まり、今までに次々と「推進」の答申を出している。
5月23日に本体の排水トンネル工事が着工された熊本の川辺川ダム事業も、住民
に対しては非公開で審議が行なわれた事業だ。
現在まで中止になったのは、青森の事業が一件。(これは当初から中止になるだ
ろうと予想されていた。)やや以外だったのが、栃木の渡良瀬遊水地の二期工事
が中断になったことだが、市民や専門家の監視は続いている。
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「就任拒否」の理由は、事業を公然と推進している知事が選択した審議委員の大
半が、事業を推進している関係自治体首長や識者だったから。また、上記で説明
したように、単なる「お墨付き機関」の性格が濃紺であること。審議委員会が設
置されずにきたのは、細川内ダム事業だけだ。

円藤知事、建設大臣ともに、「就任して意見を述べよ」とさかんに要請してきた。
25年余「ダムは要らない」と無駄に言わせ続けた反省は見られない。

村長は、知事との今回の会談で、委員の人選を村が決めること、現在設置されて
いる細川内ダム工事事務所と生活相談所などを撤去することなど8条件を出し、
その条件が整えば、委員に就任すると述べた。
2年間の硬直状態が終わった。

95年は、会計検査院に無駄使いを指摘され、96年末の予算要求では大蔵省との折
衝で建設事業費から調査費に格下げされた細川内ダム事業。97年は...と思う
前に、できることを開始しなければならない。

村長が出した条件で、これが本当に民主主義の国なんだろうかと恥ずかしくなる
のは、「全面公開」という条件だ。すでに「推進」の答申が出された全部のダム
審議委員会では、「マスコミにのみ公開」それも、記者クラブの記者のみ、など
という「公開」の仕方だったのだ。

まさのあつこ