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∞∞ダム日記359(ただいま(^^))∞∞

12月13日(土)
【パーソナルメール】
靖子ちゃん、久しぶりで声が聞けて良かった。
ドクター、元気ですか?ずっと気にしています。
島岡先生、すぐに協力できなくてごめんなさい。先生の持つ問題を理解する人を
私は増やせるでしょうか。必ず長生きしてください。来日していたジャーナリス
ト岡部一明さんにご紹介したかったのですが、思っているだけで叶いませんでし
た。岡部一明さん、今度来日なさる時は、私に島岡先生を紹介させてください。

【目標の人】
今年(1997年)は秘かに岡部一明さんを目標に生きました。ちなみに、1995年は
木頭村の藤田恵村長を、1996年は法政大学の五十嵐敬喜教授を、片時も頭の隅か
ら離さず勉強してきました。来年の目標人物ももう決めてあります。精神的にすっ
ぽんのように食らい付いていく予定です。(その人物に食らい付こうと決心する
(=心の準備をする)まで半年以上かかってしまった。)

基本は来年も「木頭村」です。木頭村の問題を解決することができたら、日本全
体の問題を解決することができると思っています。木頭村の問題を理解してもら
うことが世界に日本を理解してもらうことにつながると思っています。木頭村の
持つ問題を単なるダム問題であると捉えるならば、そのダム問題でさえ解決しま
せん。

【敗北感から恩返しへ】
「ど素人の個人」として木頭村を応援し、そのための勉強や試行錯誤の過程を恥
も外聞もなく「ダム日記」にして発信始めた私が、さまざまな活動に誘われ、勉
強の機会を与えられるようになったのは奇跡的で、まさしく木頭村のおかげです。


与えられた「勉強の機会」の一つが、温暖化に取り組む「気候変動枠組み条約」
の締約国会議へのオブザーバー参加でした。はっきり言って自分の任務を理解し
ていなかった。お風呂だと思って飛び込んだら太平洋だった。それに気づかずに
始まって終わってしまった。荷が重いとか、歯が立たないとか、そういう範疇を
越えていた。
「メディアワーク」をするために「気候フォーラム」に雇われたものの、一端会
議が始まると、9000人が登録したというメディアを相手に、まさに大海を漂う木
の葉であるというイメージすらわかない余裕のなさでした。取りあえず、「気候
フォーラム」が記者会見をする度に多くの記者を集めた。それ以外のことは何も
しなかったと言ってもいい。ここで得た体験は、このままでは私自身の負の財産
として朽ち果てていくだけなので、そうならないようにきちんと分析し、書き記
し残していこうと思います。
私がやった「メディアワーク」という仕事は、日本初の「仕事」だったかもしれ
ません。与えられた仕事を「仕事」としてこなすには、「気候フォーラム」自体
に世界に通用するメッセージがなければならなかったことを痛感しました。私は、
日本で恐らく初めてであろうこの「NGOのメディアワーク」(スポークスマンと
は違う)という仕事を、国際的な舞台でさせてもらう幸運を自覚しないまま始め、
またそれに見合った努力もしないままに終わりました。
会期中のすべてを勉強のプロセスとして費やしてしまいました。そして、オブザー
バーとして参加しながら、国際政治になんの影響力も持たずに過ぎようとしてい
ることに焦りを感じました。そんな焦りを感じたことは滑稽です。この焦りが何
を意味するにせよ、どこへ通じるにせよ、後続者に確実に伝達すること、その責
任を感じています。

【ビーパルと国連の同時進行】
今発売中のアウトドア雑誌「ビーパル」(小学館)の110ページあたりに、アメ
リカでの3月の体験を元に、脳天気な「NPOってなんだ?」という記事を書きま
した。その中の写真に、ダム日記でおなじみ川辺川を愛する西田陽子さんが昼寝
している図が(2mmくらいの大きさで)載っています(^_^;)v。(ワリイワリイ、ソレシカナカッ
タンダ)
これで、「ジャーナリストになろう」と決めた時に、私を育てた人達に心の中で
約束した「ここまでは」という目標(夢)の大半を達成しました。木頭村、法律、
ダム審議委員会に取り組む仲間達、川辺川、山本まり、西田陽子、メコン河開発
問題、水源連、人形峠で踏みにじられてきた人々、ベトナムの環境問題、アメリ
カのNPO・・・。活字になったもののすべてをダム日記で紹介することはできま
せんでしたが、ジャーナリスト1年生としてできることは全部やりました。ジャー
ナリスト活動を経済的に支えるために引き受けた「仕事」の一つが、突然降って
沸いた「気候フォーラム」の仕事だったことは(途中で降りようとしたにも無責
任ぶりにも関わらず)、今年最大の幸運だったと思います。今感じている不完全
燃焼感を次へのステップにしたいと思います。

【仲間達から得た勲章・・・動燃のウラン鉱山"人形峠"の記事を読んだ友人たち
から贈られた言葉】
北海道の山本まりさんから・・・
>3年前に、私の話に興味を持って、記事にし
>てくれる人が現れるなんて、そんな事が実現す
>るとは信じられなかったけど、まさのさんは
>自力で、ジャーナリストになって、記事にして
>くれてしまいました。(どういう表現だ(^^;)

・・・メディアが取り上げない主題を「コン畜生!」と思い続けて自分で書いて
しまうようになるなんて、世の中は進んでいる(ウサギ)ようで、カメ(私)に
も勝てないということなんだから、安心して一歩一歩進もうヽ(^。^)ノ。

鳥取県のあるぽさんから
>活動家という言葉は広辞苑に載っていなかったので強いて言えば
>活動主義家なのでしょうけれど、それにしたって、ジャーナリス
>トよりも純粋に考えれば、より意義のある言葉だと思います。
>【活動主義】広辞苑より引用
>意志活動の重要さを強調する立場。意志活動を最高善の実現に必
>要なだけでなく、最高善の主内容とする主義。
>【活動】広辞苑より引用
>はたらき動くこと。いきいきと行動すること。
>
>ねっ!!(^^) あなたは立派な、活動ジャーナリストです。

m(_ _)m
まさのあつこ