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∞∞ダム日記382(星の村)∞∞

3月10日(火)
実は、木頭村の他に日本でもう一つ、村ぐるみでダム建設を拒否している村があ
ります。今日は、広島にお住まいの木原滋哉さんがお書きになったレポートの転
載許可を得ました。労せずしてご紹介ができます。(木原さん、ありがとうござ
います。)
木原さんは広島にお住まいですが、福岡に熊本にと足を運び、頑張る人々をネッ
トワークされています。これからもご活躍を期待しています。
星野村も木頭村同様、先人の教訓を生かした所が凄いのですが、木原さんも凄い
のは、星野村の反対運動の秘訣を探るために、隣村まで行って村誌を調べたこと
等々。お忙しい方も、時間のある時に、ぜひ、じっくり読んでみてください。

【以下、木原滋哉さん報告です(3月8日受信)】
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<星野村:ダムを拒否して栄える村>
先日、3月5日に福岡県八女郡星野村でおこなわれた「第25回真名子ダム建設
反対星野村民決起大会」に参加してきました。星野村におけるダム問題とダム反
対運動について報告します。いたるところで「ダムができて栄えた村はない」と
言われますが、一言で星野村のダム反対運動を特徴づけるとしたら、「ダムを拒
否して栄える村である」ということだと思います。

<星野村>
星野村は、福岡県八女郡に位置した典型的な中山間地域です。総面積81平方キ
ロのうち森林が68平方キロ。人口4084人、高齢化率30%。福岡市から高
速を利用して1時間半。星野村を流れている川は、矢部川の支流星野川です。矢
部川の下流には、掘り割りで有名な柳川があります。

<筑後川水系の開発>
星野川の開発は、筑後川水系の関連河川として、北部水資源開発協議会(北水協)
という開発母体によっておこなわれています。69年に発表された「第1次マス
タープラン」によって「真名子ダム」建設計画が明らかになった。ダムサイトは
隣町の上陽町で、星野村の一部が水没するという計画が明らかになったのが、7
1年です。福岡県から説明を受けて、すぐさま、村議会は全会一致で真名子ダム
建設反対の決議をおこないます。そして、ダム反対運動が展開されるわけですが、
いくつかの特徴があります。
@「真名子ダム建設反対星野村協議会」の結成。協議会は、全村民が会員、委員
は全議員、全区長など64名。国・検討の単独交渉に応じないために、水没地住
民に誓約書を作成してもらい、毎月1戸あたり10円カンパを集め、村も協議会
へ補助金を交付しているそうです。
Aダム反対運動との交流・情報収集。毎年協議会員によるダム建設予定地の視察
を行っているそうです。その視察の成果は、毎年開催されている村民決起大会な
どで報告されています。
B予備調査の拒否。多くのダム反対運動において、事業者から「調査と建設は別
である」と言われて、事実上建設が開始されるわけですが、73年から77年ま
で数回にわたり予備調査の申し入れがありましたが、すべて拒否。78年に作成
された「第2次マスタープラン」からは「真名子ダム建設計画」が消えています。


<隣村のダム建設>
星野村では、隣の矢部村にできたダムを見ているから「ダムができて栄えた村は
ない」という言葉の意味を痛いほど知っています、という話を聞いたとがありま
したから、「矢部村誌」で調べてみました。こういう表現がありました。(矢部
村のダム)「日向神(ひゅうがみ)ダムは・・・下流域住民に多大な恩恵をもた
らしたが、皮肉にも矢部村にとっては、耕地の減少や人口の流出をもたらし、過
疎化に拍車をかけることになった。・・・渇水期になると湖底の村が現れ、住居
跡や道路、橋などの名残がわびしさを誘うのである」。したがってダム建設がな
にももたらすかは、よく知られているようです。ダム建設反対の住民運動は、5
6年になくなり、57年にダム建設工事が着工、62年にダム満水。しかも、
「当時はまだダム反対運動のモデル的なものも少なく、反対運動を盛り上げる強
力な指導者と組織力がなかったのだろう」という記述も「矢部村誌」にあります。
言うまでもなく、日向神ダム計画と真名子ダム計画の間には、室原さんの下筌ダ
ム反対運動などがあります。星野村からいくつかの山を越えれば、下筌ダム反対
運動を見ることもできたはずです。星野村の人は、隣村のダム建設から多くのこ
とを学び、全国のダム反対運動の経験から情報を熱心に収集されて、前述のよう
なダム反対運動を進められているのです。

<真名子ダム建設計画の現在>
78年の「第2次ダムマスタープラン」からは、真名子ダム計画は消えたとはい
え、「矢部川水系上流ダム群」という形で残っています。ひとたびダム建設が持
ち上がったところでは、決して計画が消滅することはなかった、というのも、お
そらく多くのダム建設問題から学ばれたことだと思います。また、現在下流域で
広域下水道計画が持ち上がっており、下流域で水需要が増大すれば再び真名子ダ
ム建設が蒸し返されるかもしれないという危機感を持たれています。

<ダム反対星野村民決起大会>
毎年3月にこの決起大会が開催され、今回で25回目です。1年間の経過報告、
視察報告、講演などが行われています。各区長からの案内で自主的に村民が参加
されるということになっています。今年の参加者は、100名弱。水没地の住民
の参加が多いそうです。村長をはじめとした村当局がダム反対の断固とした意思
を表明する場です。ダムが建設されたら生活が一変してしまう水没地住民は、星
野村全体のダム反対の意志をここで確認することになります。自治体にとって、
住民が安心して生活を送れるようにすることが重要です。村長をはじめとして村
当局がダム反対の断固とした意思を表明することではじめて、村民は安心して生
活することができるようになるのだという印象を受けました。その意味で重要な
イベントだと思います。最近は星野村は、水没予定地(万一ダムが建設されれば、
ですが)に村営住宅を建設しています。これなどもダム反対の強い意志を表明し
たことになります。

<星野村の村おこし>
星野村は、かつては金山で栄え、戦後の一時期は林業で栄えました。しかし金山
はもはやなく、林業も衰退しています。ダムに反対するとしても、このままでは
じり貧です。おそらくダム建設計画が持ち上がったときも、人口が減少していた
と思いますが、それは現在も変わりません。そこで現在、さまざまな「村おこし」
が行われています。「星野村」という名前を生かした「星の村」ということで観
光開発が行われています。九州最大級の天文台「星の文化館」、全国的に有名な
八女茶(玉露)を堪能できる「茶の文化館」、伝統の陶芸を復活させた「星野焼
き展示館」などを村主導で建設して、観光開発に努めています。年間40万人の
観光客が訪れているそうです。福岡市の友人などに聞くと、観光地としての星野
村はよく知られています。水をがぶ飲みしている福岡市では、星野村でのダム建
設問題は知られていませんが・・・。人口の減少はまだ止まっていませんし、高
齢化率も30%以上ですが、星野村の村おこしは比較的うまくいっているのでは
ないでしょうか。

<ダムを拒否して栄える村>
隣の矢部村は、ダムが建設されて過疎化に拍車がかかりました。星野村は、ダム
建設を拒否したとはいえ、過疎化を免れていません。しかし、ダム建設に依存し
ない独自の村おこしを進めています。村民が安心して暮らせるためには、ダム反
対の断固とした意志だけではなく、村の伝統的な生活を再評価する独自の村おこ
しを進めることが必要です。まさしく、<ダムを拒否して栄え(つつあ)る村>
であると言えるのではないでしょうか。

<共有地運動>
真名子ダム建設反対星野村協議会では、「共有地運動」を開始することを決しま
した。おそらく、ダム建設が差し迫っているからではないと思います。そうでは
なくて、星野村におけるダム建設反対運動を全国的に拡げるためだとおもいます。
ダム建設反対の断固とした村の意志は、村の人々に安心感をもたらしています。
真名子ダム反対を全国から支援することは、もっと大きな安心感をもたらすこと
になると確信しています。

長くなりましたので、星野村ダム反対の「共有地運動」については、また次に紹
介します。

木原滋哉 kihara@kure-nct.ac.jp
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まさのあつこ