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4月4日(土)
知らせたい。
3月27日、最高裁判所でひとつの判決が出た。
27年前に起きた洪水を「ダムの放流ミスによる人災」として、徳島県の鷲敷町住
民50人が、国と徳島県に損害賠償を求めた訴訟だった。判決は住民の敗訴。

【1971年の台風23号】
鷲敷(わじき)町は那賀川中流の町である。木頭村の下流にあたる。
1971年8月30日大雨、長安口ダム、午後四時。流入量、毎秒4400トン。放流量450
0トン。洪水を防ぐためのダムは、大雨が続くと、ダムが溢れて崩壊することを
避けるために、流入する水以上のダムを放流する。
「大雨の時にこそ、ダムは役に立たない」
これは周知の事実だ。しかし、このことは余りにも多くの人に知られていない。
多くの人が「洪水を防ぐダム」のプロパガンダに騙されている。
3時過ぎから約3時間半にわたり、流入量を越す放流を続けた。
普通に降っていたよりも余分な水が、人口的な調整により流れてきたのだ。
1971年9月1日の徳島新聞によると、長安口ダムの下の護岸が高さ24メートルにわ
たって崩壊しているとある。放流の規模や勢いがいかに大きかったかを物語って
いる。
鷲敷町で床上浸水92戸。床下浸水36戸の被害がでた。

【人間の力は自然を抑制できない】
さらにその下に実は川口ダム(電力ダム)がある。上流から言うと、木頭村−小
見野々ダム(電力ダム)−長安口ダム(治水ダム)−川口ダム(電力ダム)−鷲
敷町の順だ。
電力ダムは洪水防止の義務がないので訴訟の対象にもならない。
電力ダムは地元の人のためには鼻から存在しない。
この川口ダム(四国電力所有)。1971年8月30日大雨。午前11時半から放流開始。
午後5時の流入量6408トン。放流6605トン。これもまた上流からの流入量より、
下流へ流した水の量の方が多い。

二つのダムがその午後、両方とも、流入量よりも多量の水を下流に放出した。
「人災である」と訴えた住民は最高裁で負けた。

1審。徳島地方裁判所。88年。ダムの操作ミスを認め県と国に損害賠償を求めた。
2審。高松高等裁判所。94年。1審判決取り消し。理由。「地域的な降雨量の正
確な予測は困難」
最高裁。住民の上告棄却。「操作規則などに不合理な点はなく、ダム操作に過失
があったとも言えない。」

【教訓】1審。ダムの操作ミス。2審。地域的な降雨量の正確な予測は困難。最
高裁。操作規則は合理的。「ならばダムはなんのためにある?」

【冷蔵庫の扉に】
最高裁判官の名前。「河合伸一裁判長」
私はこの名前を、次の衆議院選挙の時まで、冷蔵庫の扉に張っておこうと思う。
自治省に電話で確認した。最高裁判所の裁判官の信任投票は衆議院選挙の時に行
なわれる。その時までこの人が裁判官をしていたら、私はこの人を不信任にする。


民主主義とは決して諦めないことだ。最後の最後まで、自分に与えられた権利を
行使すること。奪い取られた権利は奪い返すこと。最高裁判官のマル・バツを無
造作にマルにしてはならない。
あなたができないことで、それが重要であることならば、きっとそれを引き継ぐ
人がいる。重要なことは自分にできることはすべてやること。でも最も大事なの
は、それを「正義」のためでなく、自分自身のためにやることだ。自分自身の幸
福なくして民主主義なんかくそくらえなのだ。

まさのあつこ
この号の日記の転載、歓迎・感謝します。