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5月10日
5月9日(土)の朝の夢。
朝、目が覚めてカーテンを明けると、ベランダに子像がいた。
「あ、大変だ、どうやって育てようか」
ふと見ると、ベランダの外の地面に親像がいて、私はほっと一安心する。
「あぁ、良かった。親像が育ててくれる」
そんな夢だった。
それからいろんな結構大型の動物がベランダにやってきてもの凄く賑やかなベラ
ンダになった記憶があるのだが全部覚えていない。

なんとなく、自閉的になっている。
旅先で吸ってきた冷たい空気が、私に何か言っているのだけど、私はそのメッセー
ジを受け取ることができない。
旅先で買ってきた音楽に耳を傾けながら、涙を流すだけだ。
心の底で、本当はそのメッセージを受け取っている。

【夢分析】
「ベランダの子像」は、私の「思い描く理想(法律の改正)」かもしれない。
地面の上の「親像」は、「私以外の誰か」。
できることなら、誰か、他の、もっと大きな人に、私の理想を実現してもらいた
い。
私は逃げたい。
ベランダの子像が育つのを眺めて楽しむ小市民でいたい。
それでも自分の手柄にしたい(自分のベランダ)ということか?
私がやらなくても「子像」は育つ、と思いたい。
しかし、誰がやってくれるというのか、私がやらなければ。誰もが皆「誰かがやっ
てくれる」と考えるのならば。私の子像は、私が育てなければならない。育てら
れるのか。。。。やりもしないで逡巡している私がいる。

まさのあつこ