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5月15日(金)

【建設省の記念すべき日に】
5月8日、徳島県で、第12回「吉野川第十堰」建設事業審議委員会が開催された。
記念すべき日だった。建設省の「通達」で全国に始まったダム審議委員会で初め
て「市民」がダム審議委員会に「出席」し、発言をする機会を得た!
それが、吉野川シンポジウム実行委員会のメンバー3人だった。

誰もが、「審議委員」の目の前で、「建設省」と「吉野川シンポジウム実行委員
会」が対等に議論するシーンを想像していた。吉野川シンポには実績があった。
これまで吉野川シンポが設定した公の場で、建設省や県と何回も議論してきた。

そんな中でも、吉野川シンポは、一度も「反対」を訴えたことがない。
どんな選択をしたらいいのか、情報やアイデアを出し合って、皆で最もいい方法
を考えよう、そんなスタンスで活動していた。彼らが建設省に要求してきたこと
と言えば、「議論をするための情報をください」ということだ。

5月8日、それは建設省にとって、記念すべき、賞賛されるべき日となるはずだっ
た。日本にゴマンとある開発計画で、ゴマンと紛争が起きてる中で、おそらく初
めて、と言ってもいいだろう、市民を受け入れた、はずだった...。あっぱれ
建設省、となるはずだった・・。

ところが、信じられないことが起きた。
実質的な討議が行なわれるよりも先に、建設省は吉野川シンポが以前に建設省に
渡していた水位計算(今ある堰の、言わば大雨が降った時の予想水位)結果のデー
タの間違いを指摘した。
吉野川シンポは、独自に水位計算をし、建設省の「堰危険説」(だからそれを壊
して新しい可動堰が必要だという)に疑問を投げ掛けていた。「今の堰のままで
も危険な水位にならない。建設省の見積は過大ではないか」と確認を求めていた。


計算データのミス!建設省の指摘通り、間違いがあったのを吉野川シンポはその
場で認めた。単純なミスだった。今回手に入れた建設省のデータを入れて正しく
計算をしてみると、答えは結局ほとんど同じ結果だった。幸いにも、吉野川シン
ポが主張していたままの結果だった。

【「去年」の計算間違いを「5月8日」に指摘する理由】
あらゆる数値を書き込んだ緻密な表を、吉野川シンポは建設省に「去年から」提
出していた。建設省は、吉野川シンポの計算表を検証しながら、「正しい計算を
したから」こそ、間違いを「発見」したに違いない。そして「計画水位を越えな
い」ということが証明されていることも分かったに違いない。青くなっただろう。

「間違ってますよ、ここ」と、審議委員会の前にいくらでも指摘してやることは
できたはずだ。ところが、わざわざ、審議委員会という正式の舞台に彼らを引き
出し、そこで「間違い」を指摘するという手段を選んだ。
・・・建設省の本当の姿を見たような気がするのは、私だけだろうか。

大切な計算を再確認せずに、建設省に渡した吉野川シンポにもヌカリはあった。
しかし、誰でも間違う(私なんか毎号(^_^;)>)。権力者達がその「間違い」を
利用して、市民の足を引っ張ることは、「間違い」を通り越して「卑劣」だ。そ
う思いませんか。
主役である市民を、建設省は何と勘違いしているのか、私は知りたい。

まさのあつこ

前号の訂正およびお詫びm(_ _)m:吉野川が流れているのは、讃岐平野じゃなく
て、「徳島平野」でした!(ほらね(゚.゜)\ボム☆)