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5月26日(火)
【木頭村の広報】
「神奈川県木頭村民」と冗談で紹介されることもある私(^_^;)、ご好意で送って
いただいている広報を見て、時々、いとおしくて溜息が出る。木頭村の広報は日
本一!人口2千人くらいの、他の小さな村や町の広報を見たことがないけれど、
多分一番心がこもってる!今回の号は、村長が肥後守をペーパーナイフとして使っ
ている話や、大阪から新しくやってきた診療所のお医者さんの骨粗症の話や、そ
れに「合成洗剤を追放しよう」という話。それにポンポンさんの木頭訪問記。き
とうむらの新製品の話!
隅々うっとりと眺めながら、「さすが木頭村」「さすが木頭村」とつぶやいてい
る私は、住んでいる町の広報をテキトーに読み飛ばしてしまう無責任な市民なの
であった。次はしっかり自分とこのも読む!

【木頭村のメールマガジンに登録しました?】
ところで、木頭村が出している月2回のメールマガジン「がろの山里ウォッチン
グ」、皆さん読んでいらっしゃいますか?http://mag2.tegami.com/mag2/j01200
02.htmです。毎月2回で無料。今私、同じ徳島の吉野川応援団の応援してますか
ら、木頭村中毒の人(ワタシか(^_^?))は是非、登録してね〜。きっと耳寄り情
報が入るはず!

【いざっ!】
さて!今日は、水道水に使うという「理由」がなくなって、その代わりにスポッ
トライトを浴びるようになった吉野川第十堰の「堰上げ」のことを説明します。

これは建設省が言っていることです。「堰があると増水時に水位が上がる(「堰
上げ」する)。だから堤防が危なくなる。だから今の堰を壊して、ゲートの上げ
下げできる新しい堰を作らねば」

【データを変える】
今の堰ができたのは250年前。川底を上げて、吉野川本流の方へ水を流れやすく
するためだった。しかし、この250年間、堰があったために堤防が切れたことは
ない。堰上げが起こるとしても、250年間、吉野川河口堰「新築」計画が持ち上
がるまでは問題にならなかった。計画を進めるための「理由」にされてしまった
形だ。

しかも、である。
建設省はデータまで変えてしまった。

数字がさっと出てこないし、夜中になってしまって電話をかけて聞けないし、で
5月23日の「朝日新聞徳島版」にでていた数字を利用させていただくと...、
吉野川の流下能力(流せる水の量のこと)は、当初は毎秒3000トンとしていたの
が、現在は1700トンになっているそうだ。川は変わってないのに、机上のデータ
の上では流れる量が1300トン少なくなてしまった。(いつどう変わったか調べて
みよう・・・・)

平成7年11月の建設省の技術報告書で、さらに、凄いことを発見してしまった。
明治40年には河口に最も近い基準点(岩津)で13,900m3/sしか流れなかったもの
が、改修やら何やらで、昭和57年には18,000m3/s(洪水時には24,000m3/s)流せ
ることになっている。昔よりよほど、たっぷりした水が流れることになっている。
昔、堰上げが問題にならなかったのだとすると、常識的に考えて、今ではさらに
問題にならないはずだ。

【100万歩譲ったとして】
仮に、もしも、万が一、億が一、本当の本当に、水位が上がって危ないのであれ
ば、「堤防の補強」という手があります。
よりによって250年の文化遺産を犠牲にして進むべきものかどうか、「破壊省」
でなく「建設省」であるならば、考えるべきだ。
250年かけてできあがった独特の生態系もみな破壊される。

まさのあつこ