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ダム日記416(河川哲学と白書)←  1998年 6月 13日  →ダム日記418(鳥の話)

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6月12日(金)
議員会館で、徳島住民と建設省が2度目のやり取りをした。
見直しをするために始まった吉野川第十堰の「審議委員会」の中味が、いかにず
さんだったかが「すさまじく」明らかになった。このやりとりは今日で2回目(1
回目は6月2日)。

【ロビーイストのアドバイスは的確だった!】
前回は、手ブラできた建設官僚が、ダラダラと国会で「答弁」を読み上げるよう
に30分も貴重な時間を浪費した。その時に司会をした議員は秋葉忠利議員。秋葉
さんの名誉のために言うと、動燃を相手に市民との間に入ってやり取りする時は、
キビキビと采配をふるい、見事に市民を代弁する議員だ。吉野川流域住民が上京
して地元の問題を訴えることも初めてで、遠慮気味だったことも影響した。
さて、実は、国会議員や官僚とのやり取りになれた日本で数少ない環境ロビイス
トとして非常に尊敬している師匠に頼み込んで、オブザーブをしてもらった。思
いもかけず彼はもうひとり有能なロビイストを連れてきてくださった。で、まっ
たく思いもかけず、お二人ともフィードバックを寄せてくださった!
嬉しくって、許可をいただいて吉野川の人たちと議員の人々にそれを送った。そ
のフィードバックを踏まえてかどうか、分からない。が、2度目にして吉野川シ
ンポジウム実行委員会その他、徳島から訪れた住民達は、みごとな(本来の彼ら
らしい)やりとりを繰り広げて、私は感動した。彼らは「時間が足りない。疑問
点がちっとも解消されない」と言いながら帰っていった。が、私は、勝手に一人
で感無量だった。

帰宅して「ボツを恐れず」ジャーナリストとして気分を切り替えて記事をひとつ
書いてたので、エネルギーが尽きて、そのやり取りを今日は報告できない(こう
してオシャベリはするが(^^;))。

でも、「子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る東京の会」の渡辺誠さんが、
今日も助っ人に来ていて、すでに議事メモを作成してメールしてくれている。転
載の許可はもらっているけど、この際、再び、彼の紹介をかねて彼がオープンに
している連絡先を書く。彼は1回目の時の議事メモも作成している。欲しい人は
彼に連絡を!そして、是非、知り合いになってください。川辺川ではダム工事が
進んでいます。
““““““““““““““““““““““““
子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る東京の会
【事務局】 〒106-0045 東京都港区麻布十番1-3-11
今井ビル301号 有限会社アクセラ内 担当:渡辺誠
Tel.03-3589-2508 Fax.03-3589-6189  mailto:kawabegawa@aol.com
””””””””””””””””””””””””
渡辺さんは熊本の川辺川ダム問題の、いわば東京におけるメディア・コンタクト
パーソンだ。ただし、彼は吉野川に関しては詳しくないので、メモのまとめ方が
ちと乱雑かもしれない(^^;)と本人も言っている。後日、私もダム日記にてフォ
ローする予定は未定・・・。

【みんな頑張ってる】
皆、少しづつ、勉強しながら、少しづつ教え合っている。見よう見真似で、だん
だんさまになっていく。皆がほとんど「初めて」の体験ばかりだ。これは議員に
ついても言える。今日司会をした竹村泰子議員は、岡山県の苫田ダム問題で建設
省とやりあった時からお世話になっている。その頃、私は木頭村の応援を始めて
1年目だった。ダム日記を書いていて知り合った山本まりさんの故郷が苫田だっ
た。それが不当な理由と経緯で沈められるのがどうしても許せなくて、なんとか
止めたくて動き回ったら、同じ怒りを感じる人々と一緒になって建設省との会談
が実現した。

あの時は大胆にも「大臣をだせ!」と迫ったけど、当然にも課長以下がゾロゾロ
出てきた。それでも私は純粋に憤慨した。人の故郷を沈めるのに大臣が出てこな
いだとぉ!?
私も丸くなったもんだと、最近思う。で、私の質問に対し、当時の課長がおおへ
いな態度で答えをはぐらかしたのに対し、竹村議員が「政野さんの質問にちゃん
と答えなさい!」と怒鳴って課長と口論なさったのを覚えている。私は「ひぇ〜」
とビビッたのと、訴えていることが建設省に全然通じないのと二重の意味で、涙
がでそうだった。私の後にはまりさんがちょこんと座っていた。隣に近藤ゆり子
さんがデン!と座っていた。
今、竹村議員は怒鳴ることなく、めちゃくちゃ鋭く、テキパキとずば抜けて的を
射た司会と追撃と市民の代弁をなさる。「あぁ議員さんも成長する!」と、川辺
川のための建設省交渉などを通して感動させられてきた。
なんで、こんな思い出話をしているかというと、今朝の東京方面の毎日新聞朝刊
に私がでているからだ。細川内ダムは止っている。そのオマケでたいしたことは
何もしていない私が新聞で紹介されしまっているのを少し誤りたいのと、私一人
が新聞に出たにしても、その回りで、こうして色々な人が人を育てたり育てたり
しながら、「みんなで建設省を揺さぶり続けているのだ」と言いたかったからだ。


あ、こんなことで徹夜してしまった。
ゆっくり寝て、来週からまたマイペースで頑張ります。

まさのあつこ