TOP 1-100 101 - 200 201 - 300 301 - 400 401 - 500
ダム日記428(県民アンケンート)←  1998年 7月 6日  →ダム日記430(川ウソ)

∞∞ダム日記429(青い鳥と石)∞∞

7月6日(暑いですね)
【前回の訂正とお詫び】 >26万人もいる人口の
徳島県の人口は、26万じゃなく、84万でしたm(_ _)m。

昨日は「朝日新聞」が、諌早や藤前干潟の話題と共に、吉野川問題の「出城」が
東京に出来たという記事。今日は「日経新聞」の社説『納得できない吉野川河口
堰の建設』が出ていた。

【河口堰はできない】
「吉野川河口堰建設計画」を徳島県が実行に移せるまでには、ハードルがあり過
ぎる。一般的な世論やマスコミはもちろん、干潟で運動をしてきた人、ダム・堰
で運動してきた人、環境行政に関わってきた人、数年のうちに、日本のみならず、
世界からも注目を浴びる。なぜか?何があっても絶対に諦めない地元の運動があ
るからだ。情報を的確に受信し分析し、与えられた武器を全部生かし、それを周
囲と共有することのできる度量を持つ運動がある時、住民運動は失敗しない。

過去3年間で私が最も足を運んだのは、徳島県の木頭村と山形県の白鷹町周辺だ。
前者はダム計画が、後者は森林開発公団による大規模林道計画が、それぞれ休止
/中断になった。その観察と勘と分析と嗅覚から言って、吉野川河口堰はいずれ
中止される。
私の予言なんかもちろん、あてにならない。しかし、この約2カ月、徳島で取り
組むさまざまな人々を、色々な場面で見てきて私自身は確信した。この計画は止
る。

【吉野川の審議委員会は自らを思えば、秋まで延期すべきだ】
先月行なわれるはずだった吉野川の最終の審議委員会が、突然沸き起こった世論
の前にひるんで(?)延びている。選挙の結果がどうであろうと、答申の中味は
推進派の思うようには書けない。環境に関する審議は「不十分」だと言っていた
審議委員が複数いた。地元で環境に関して最も事情に長けている「吉野川自然保
護協会」らが提示している疑問にもまだ答えていない。住民から間接・直接に建
設省へ提示されている流域住民の安全に関わる問題への疑問や情報公開要求にも
応えていない。日本自然保護協会やWWFが調査・研究に基づいて投げかけた新し
い知見を使っての再検討もまったくなされていない。

すんなりと推進の答申が出せるわけがない。
これだけ注目される中で「推進」の答申がでれば、笑い者になるのは、吉野川第
十堰改築事業審議委員会の委員だけでなく、日本全体の「河川審議会」の委員で
もある徳島県知事だろう。
97年に河川法が改正され、「環境」や「住民参加」という言葉をいれるきっかけ
を作ったのは、まがりなりにも「河川審議会」の答申だった。(私はあやうくこ
の事実を忘れていたが、7月4日に行なわれた「四国三郎を東京で知ろう」で吉野
川シンポジウム実行委員会の姫野さんが現状分析した際に、「おぉ!そうだった。
そうだった!」と思い出した。)

今、急いで「推進」の結論を出せば、徳島は生傷を負って血をダラダラ流しなが
ら今後、十数年、この問題を引きずって歩かなければならなくなるだろう。徳島
や日本のためを思えば、見極めが肝心だ。

【青い鳥は「ふるさと」にいる】
245年前に、吉野川第十堰は、徳島で豊富にとれる「青石」を積み上げて農民達
が作った。その「青石」はまだ豊富にあるという。
6月2日に「公共事業チェックを実現する議員の会」が行なった懇談会で、建設省
河川局開発課の専門官は、「現在の河川工学では、第十堰を直すことはできない」
と言った。それに対し、第十堰の右岸の佐野塚に暮らす農家の山下信良さんが叫
んだ。
「分からなかったら、どうすればいいか、住民に聞いてくださいよ!」

6月23日に、また第十堰に足を運んで、どういうことを意味するのか気づいた。
建築設計を生業としているある住民がポツンと言ったのだ。
「毎年一回くらい『青石積み祭』みたいなのをやって、みんな江戸時代にやった
みたいにエッホ、エッホと手で石を運んで積んだらいいんだよね。きっと全国か
らもそういうのが好きな人が押し寄せるよ。徳島の貴重な財産になるね」

昭和30年、40年代に補強に使ったコンクリートをひきはがして、245年前の青石
の美しい堰を復元すること。徳島の「幸せの青い鳥」は、1000億円の河口堰では
なく、今の第十堰だと私は思う。

まさのあつこ