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∞∞ダム日記453(道)∞∞

10月3日(土)
今月、春から夏にかけてやっていた仕事がやっと形になって出る。雑誌2冊。こ
の二つは、私にとってとても意味が大きい。ジャーナリストとして食べていける
自信ができた仕事だったから。1997年1月1日(ジャーナリストになる宣言の日(^
^))から1年半弱。「食べていくのは難しいよ」という世間の心配にもかかわら
ず、海外取材コーディネートという寄り道も組み合わせながらやれば、結構楽し
く食べていけることが分かった。
秘書の仕事に就いていなければ、今ごろ、インドネシアで調査兼取材をしている
所だ。終わったら、インドネシアの島々のどこかでたっぷり休暇をとって帰国し
よう...なんてオイシイ予定も立てていた。耳にはさざなみの音すら聞こえて
いた。。

ジャーナリストか、国会議員の秘書か。
どっちが近道か、と考えて、今回は後者を選んだ。
二十年も三十年も「ダム闘争」をさせられて生きて行く人々の存在を知ってから、
私の生き方は変わったと思う。私ひとりの命は短いが、そんな風に生きた人々の
命を無駄にしないために、生きることができれば本望だと思った。

何も自分が悪くないのに都会から離れた山奥で「ダム闘争」をしながら生きて行
く人がいない国にすること。それが私の生きている間の「仕事」だと思っている。
たとえ、私の仕事が途中で終わっても、誰か他の人が引き継いでくれるように。
そう思いながら生きている。

去年、水源開発問題全国連絡会(二十年、三十年続くダム反対闘争を全国的につ
なぎ支援し合うために作られた会だ)の総会があった時に、多分、私と直接ある
いは間接的に知り合っていなかったら、ここにはいなかっただろうと思う若い人
が3人参加していた。この会は高齢化が進んでいて、このまま行くと世間からは
ずれた存在になってしまう、引き継ぐ人がいない、というのが私の勝手な危惧だっ
た。この会が象徴する過去の記憶と知恵が断絶したら、若い世代の運動は根のな
いものになってしまう。そばにいて触れ合ってでしか伝わっていかない何か。資
料や新聞記事では伝えられない何か。例えて言うなら、イモ洗いの行動が一つの
サルの群から、遠い別の群のサルに伝わるような何か、動物として大切な何か。
簡単に言うと「怨念」。その「怨」は、年老いていく世代が、若い世代を信頼し
て怨念から自分を解き放っていかなければ、伝わらない、そんな気がしていた。
「怨念」のままでは「怨念」は伝わっていかない。どうしたらいいだろう、と思っ
ていた。でもそれは「時」が解決してくれた。

総会の後の交流会で、皆一言づつ喋ることになり、高齢のメンバーが、二十年三
十年もののダム闘争の苦労を全然知らない若い世代を両手を広げて歓迎し、若い
世代が年配の世代を敬う発言をしているのを聞いていて、「そうそう、これこれ、
これなのよ」と思った。私は何もできなかったけど、願っているだけ、思ってい
るだけ、そばにいるだけで、「これ」が実現した。そう思っていたら、自分が喋
る番が来て、万感胸に迫って涙が出てきてしまった。「今日は嬉しいです」と言っ
て、バカみたいに泣き出してしまった。「おい、どうした。何泣いてる。頑張れ、
まさの!」と回りから野次を飛ばされ、「こう言っちゃなんですけど、皆さん、
年とっていらして(私ベソベソ(;_;)、周り爆笑)、早く二十代、三十代の人に
引き継ぎたいと思っていたんですが、どうやったらそれができるか分からなくて、
でも今日は・・うっうっ(;_;)」と。百戦練磨の人々の前であえて涙を隠す必要
もなかったが、恥ずかしかった。

これはつい10カ月前の話だ。私はあれからちっとも成長していない。
なのに、考えてみれば(考えてもみなかったが)、今、日本という国全体の最大
野党の環境政策の責任者(党内的には環境部会長、対外的には野党の「筆頭」と
呼ばれている)の環境政策を担当する秘書になってしまった。ウソのような話だ。
これにはもの凄いプレッシャーがあるはなずだのだが、一個の村の運命がかかっ
ている運動を支援する内に、その程度のプレッシャーでは潰れない心臓ができて
しまった。恐ろしいことである。一個の国も村も、責任という意味では変わらな
いのだ。(いや、真剣に考えると、気がふれそうに怖いので、考えないように、
せめて自分の力が100%出せるようにコントロールしているのだ。)

さて、考えてみて欲しい。日本という国がいかに政治的に貧困か。
私のような者がハズミで、こんなポストに入り込んでしまえる。その意味で、私
が今後発していくメッセージは貴重なんだと思う。日本の立法府がいかに貧困か
を知ったら、そしてそれを「恥ずかしい」と思った人は、是非、この世界を目指
して欲しい。
扉は広く開かれているし、あなたは扉を広げることができる。

まさのあつこ