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∞∞ダム日記458(議員と秘書)∞∞
      長文です、ごめんなさい。
10月18日(日)
【政治家ってダブルで忙しいのだ】
金曜日、神奈川で民主党の新組織が結成された、と新聞を読んで、「あぁ、そう
だった」と思った。それを見て、代議士に対して「有り難い気分」と「申し訳な
い気分」が交錯した。私はいわゆる「選挙」とか「党組織」についてエネルギー
を費やすことを期待されていない。自分の好きな分野だけで頑張れる環境におい
てもらってる。これって、凄く「有り難い」。
例えば政策秘書を25人くらいおける米国議員では当たり前なのだと思うが、日本
では特定のテーマを持った秘書がある分野に特定して議員を支える風土がほとん
どない。ましてや私は資格を取った政策秘書ではない。にも関わらず、一人前に
なるチャンスを与えられている。これは最高に有り難い。

「申し訳ない気分」というのは、代議士は選挙で当選することが仕事の前提条件
であり、そうである以上、かなりのエネルギーをそこに注がれなければならない
ことを私がこの間理解しなかった(問答無用で理解しようとしなかった)ことだ。


国会で「良い仕事」をやりさえすれば、有権者はそれを見てその議員を選ぶだろ
うとしか考えていなかった。例えばHIV問題での管直人氏のように。だから国会
でいい仕事ができるよう議員を支えればよいし、それが私の仕事だと。めざまし
い活躍をする議員であれば、自ずと選挙区でも理解されると。

しかし国会の中で起きていることや途中経過は、案外外に伝わらない(物事の性
質によっては伝えることができない)ことがこの1カ月半で分かった。ましてや
表舞台の裏や合間にこまめに行政の在り方を是正しようという努力は、外にはほ
とんど伝わらない。政治家の中で刻々と起きている意識の変化も。一生懸命に思
いを巡らせている課題も、例えば立法府と行政府の関係を揺さぶるような事件で
あっても、メディアがその重要性に気づかない分野や問題であれば、選挙区の有
権者はおろか、誰にも伝わらない。

では、メディアを通して伝わらないことを、議員が選挙区の人々に生身の身体で
伝えようとすると、時間とエネルギーを意味する。議員の時間とエネルギーはよ
ほどうまいやり方をしなければ、議員の持つテーマを訴えること(キャンペーン)
イコール選挙活動(キャンペーン)にならない。
うまいやり方が見つからなければ、代議士が国会で日頃やっていることとは距離
のある、当選することが自己目的化した「単なる選挙活動」にしか見えないこと
をやるしかない場合もあるのかもしれない。その距離をどう縮めることができる
か、そういう悩みを代議士達は皆抱えているのではないかな、と推測したりして
いる。
(これはNPOが、活動本体と、活動のための資金集め活動の間で葛藤するのと似
ているかもしれない)

私はそこにタッチしなくていい環境にいるわけで、そんな私の進むペースで議員
をサポートしようとすると、議員の体力、精神力、集中力にしわ寄せがいくこと
に気づいた。この議員と秘書の間に生じる余剰時間とエネルギーのギャップを理
解した上で、物事を進めていかないと、秘書という本来、補佐すべき立場の人間
が、議員のマイペースを乱し、精神的不健康状態を作り出してしまう。議員はダ
ブルで忙しく、私はシングルで忙しいのだ、と忘れないようにしよう、と冒頭の
記事を読みながら思ったわけだ。

【秘書教育が始まった】
この議員と秘書の間に生じる余剰時間とエネルギーのギャップについて、おそら
く代議士は知っていながら、試運転とばかり(?)私を思いきり走らせてくれた。
ゼイゼイ言うまで走らせてくれ、「いかん、この猪(私は猪年ではないが、猪突
猛進の典型人間です)まだ走るか」とばかり、最近になり手綱を締められている
(^_^;)。
走り過ぎて怒られ、ボケ〜っとしていて怒られ(嘆かれ?)、普通の世界でなら
許される合理的な手法を「永田町」に持ち込んで怒られ、重要なことをポカッと
忘れて怒られ、国会会期中の過密なスケジュールの間に複数の議員をなんどもな
んども集わせるという神技にくたびれて「不可能」と手を抜こうとして「これは
会期中でなくてはいかん!」と怒られもした(^_^;)。うまくいかない時なんか、
朝から晩まで怒られ放しで、精神的にヘトヘトになった。
ミスは私の落ち度として謝るとしても、150%のフォローや気遣い、または「察
すること」が期待されるってことは、私にとって辛い。一人前扱い、早く成長せ
よっていう期待の裏返しなんだろうと、楽観的に受けてはいるものの。「人間、
間違うものさっ!」「最初から100%完璧にできるようなら誰も苦労しない」と
生きてきた私にとって、100%どころか、150%を期待されるということが、理解
の範疇を越えており、右往左往の毎日だった。
特に、私の辞書に「強い者や権力に対する気遣い」というものは今までなかった
のだから。
私の中にあった「気遣い」のカテゴリーは、「忙しい人に対する気遣いと感謝」
「自分より後から来た人への気遣い」くらいだ。「ポスト」への気遣いとか「相
互関係」への気遣いとか「社会的に強い立場にいる人」への気遣いはする必要が
あると感じたこともなかったし、そういう気遣いをしなければならない場や人と
の付き合いは避けてきた。これを日常茶飯事にしなければならないってことは、
私にない能力をどこかから持ってこなければならない。「急造気遣いマシーン」
のようなギコチナイ、自分ではない自分ができあがっていくような、おおげさに
言えば、「アイデンティティの危機」に遭遇したような危うい精神状態が生まれ
る。仕事は仕事としてこなしていく一方で、潜在意識の中でボロボロに自己崩壊
が起きているらしいのに、修復をする暇もないことへの恐怖感があって、わけの
わからないストレスのたまる日々だった。
そしておそらく、私がそうであれば、政治の素人を使いこなす代議士とて、スト
レスのたまる日々であっただろう、「お疲れ様でした」と、長い臨時国会とは別
のところで代議士に頭が下がるのであった。

・・・ふと、思いだした。私は子どものころ、繊細すぎて死んでしまうほどに精
神的に過敏だった。過敏であることを大人達に気取られないほどに繊細だった。
このままでは死んでしまうと子ども心に思って、「神経の太いヒト」に憧れ、自
分もそうなることを選択し、そのように鍛えた。。。150%の気遣いができる資
質が私の中のどこかに眠っているはずだ。それを起こせば、「無神経」と共に培っ
た他のエネルギーが同時に影をひそめるかもしれない。
この仕事にしがみつくために、どこまで今まで作り上げてきた自分を殺す選択を
するか、そういう「逃げ」がすでに私の中に生まれている。誰のためにしがみつ
こうとしているのか、それが明らかに「自分のためのみ」であるとなった時点で、
私はこの仕事を辞めるだろう。(今は自分のためであると同時に人の役にも立て
ると思っているから苦手なことをやっていても我慢できる。自分のためだけなら
我慢なんか絶対にしない。)

まさのあつこ

P.S.−−−−−−−−−−
10月14日の日記
いろんなイヤナことが起こる。
負けるもんか。負けるもんか。人生なんてうまく行かないのが当たり前だったの
だ。今日はそんな心境。失敗したのに私を信じて「慎重にかつ大胆にやれ!」と
言ってくれる仲間がいることが嬉しかった。みんなのパラダイスを実現する力は
私にはないけど、失敗を恐れる人間にだけはならないことにした。いくら永田町
だって、そこだけは今までの私を貫こうと思う。せっかく何故かここにいるんだ
もの。私にしてはもう十分、と思うまで、限界まで頑張ってみる。私は不器用だ
し、中身もない。こういうことの積み重ねもないから、一生懸命であるところを
さらして、皆も頑張ろうよと言うことしかできない。それには自ずと限界がある。

同時通訳者になろうとして諦めた時点があったように、努力はや続ければ必ず実
るけど、努力の時間と人生の短さを比べて、再び「諦める」時が来ると思う。そ
れまでは精一杯頑張るよ。

(10月16日に追加)・・・上記まで書いたら相棒が帰ってきた。
「お〜いお〜い(;_;)」と泣く。「なんで努力が実らへんのや〜」と心の中で言
葉にならない悔しさで泣く。相棒は「どしたどした?」と聞く。聞かれても言葉
にならない。だから泣くのだ。泣いたらさっぱりした。

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10月16日の日記。
災い転じて福となった日v(^。^)v。やったぜ〜。
前から気になっていた人(そんなふうに生きることができたらいいなぁ、と思っ
ている人)久々でメールが来た。意外な事実が書いてあった。元気づけられた。
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