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∞∞ダム日記472(約束)∞∞

12月19日(土)深夜
私のボスは今ごろ、熊本の五木村の宿でぐっすり眠っている頃だ。
川辺川(かわべがわ)ダム問題を視察に行ったのだ。
私自身が関心を寄せる問題で視察に同行しなかったのはこれが初めてだ。

「五木村に行く」
これは先日、五木村のダム推進派が永田町の佐藤部屋にアポなしで陳情に来た時
に私自身が約束したことだ。議員自身は他の人に会っている最中で私が応対させ
ていただいた。彼らは言った。
「このままダムを作らせてください。そっとしておいて欲しいんです」
熊本県五木村でダム問題が持ち上がってから32年になる。
最初の10年は村をあげて反対をした。裁判してまで闘った。
やがてダム反対のむしろ旗を降ろし、ダムを受け入れた。
反対運動が村の外側で盛り上がったのはここ3年だ。
「もう少し早ければ」
「村を原点に反対運動をしてくれるならまだ分かる。しかし外から来てビラを配
られるようなことをされても私らは心を開く気になれん」
「やっと新しい生活に向けて歩き始めたのに、平成13年ですべて方がつくと思う
とったのに。今またダムができんとなると、もういっぺん私らの生活はどうなる
か先が見えなくなる。結婚したくもない相手と長い間、結婚せいせい言われて、
嫌だけど仕方がない、諦めようと思った所に、今になって急にそっちじゃない、
こっちの男じゃと言われて結婚させられるようなもん」

木頭村の話をした。
「皆さんの気持ちが分かるって言ったら嘘になるかもしれません。でも私も木頭
に足を運び村のこと見てきましたから、32年翻弄されたという気持ち、分かりま
す。分からんて思われるかもしれないけど、私なりに分かります」

ダムの話、反対運動の在り方、ダム作りを始めそして止めた米国の話、日本で昭
和30年、40年代に洪水が多発したわけ、水の話、農業用水の話。国を信じている
村の人の話。30分だったろうか、40分だっただろうか。心を開いて思いきりダム
の話をした。秘書になって良かったと思った。
32年の傷ついた心を抱えて「東京なんか来たことなかった。もうたまらん、そっ
としておいて欲しい」と五木村の村長さんを連れていらした。国会議員に話を聞
いてもらいにきて、たまたま私が応対した。縁だ。
「お嬢さん」と五木村の人は言った。
「五木村にも是非来てください」
「はい」

間に合うかどうか分からない。本体工事のための仮排水路が完成した。あとは本
体着工というところまで工事が進んでいる。彼らは故郷をダムに沈めたいわけじゃ
ない。ダムが欲しいわけじゃない。下流や中流が洪水から助かるというからやむ
なく受け入れたのだ。なのにいまさら・・・なのだ。なのにいまさら・・・ダム
に沈む故郷を思い描いてからでさえもう20年が経っている。他の姿を思い描くこ
とができない。当然だ。
「木頭村は間にあった。五木もあと10年早ければなんとかなったかもしれんが、
もうここまで来ては、(ダムは)できてもらわんと困る...そうでなきゃ・・・
」
私はダム推進の陳情に来たこの人達が心から愛しいと思った。
五木村に必ず行こう。

その数日後、前から視察に来てくれと要請されていた菅直人氏が突然、17日に川
辺川ダム視察に行けることになり、シンポジウムも企画されたというニュースが
入ってきた。シンポジウムは元々19日に企画されていた。私のボスは少しひねく
れ者の優しい人である。19日にやるのに17日にもあるのでは混乱しているだろう、
と言って19日に行くことに決めたようだ。私は同行しようかどうしようかさんざ
ん迷った。しかし今回はボスにすべてを託すことにした。五木村の人に会ってく
れると言った。
五木村に電話をかけた。
「私のボスに会ってください」
「それなら、私の家にお越しください。囲炉裏もあります。茅葺屋根の家なんで
すよ。あなたも来られますか?この前の東京で会ったお嬢さんですね?」
「えぇ、えぇ、そうです。私、ちょっと体調を崩してまして行けません」
「そりゃ残念。あなたが来るなら御飯ば作っておむかえせねばと話しとりました」

とても行きたくなった。
しかし、私のボスならば、五木村の人の心を癒してくれる。
なぜか、そんな気がしている。
実際、囲炉裏を囲んでどんな話になったのか、まだ私は知らない。
ハードなスケジュールなので、へたばらずに囲炉裏のある家にちゃんと出向いた
か心配になって、こっそり宿に電話をしてみた。
「あのぉ、佐藤謙一郎の秘書ですが。辿り着きましたでしょうか?」
「はい。でも皆さん一緒にどこかへ出かけられましたよ」
「あ、いいんです、いいんです。それでいいんです」
ホっとしながら、電話を置いた。
『皆さん』とはボスを1日中案内してくれた熊本県人吉市の人達だ。
外から応援をしている人達と五木村の人達との、心の壁を崩す一度目の記念すべ
き夜に祈りを込めて。

まさのあつこ

P.S.「時のアセスを法制化したい。」何度目かの地方視察に同行した時、私のボ
スは確かにそう言った。それを実現させることが私の秘書としての役目だ。時の
アセスで事業が止った場合の地元の人の心の傷(生活再建)は、課題の一つだ。
代議士にとって、今回の視察と五木村の推進派との対話は、将来大きな意味を持
つはずなのだ。

【大ニュース】ところで、ボスが11月6日現地視察に出向き、林野庁長官への申
し入れをするきっかけとなった山形の大規模林道事業について、再評価委員会が
「中止!」を決定した(朝日新聞の11月19日朝刊参照)。11月15日、ボスは、NG
Oと林野庁長官との直接対話に立ち会ったばかり。次回はできたらそこに至るま
での佐藤部屋での裏話を書いてみようかと思う。