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∞∞ダム日記476(江戸)∞∞

12月29日(火)
ボスよりも早く休みに入った。今日はおウチでビリー・ジョエルを聞きながら大
掃除。
机の上からいろんなものが出てくる(^_^;)。千葉県の女性(匿名にしてください
とのことで)が今年の6月に寄せてくださった「まんが第十堰」への感想文も出
てきた。私が私人として徳島県吉野川のために動き回っていた時、陰ながら吉野
川のために一肌脱いでくださった方だ。転載の許可をいただいたものの、ペトっ
と資料の下敷きになっていた。
大掃除であげた畳の裏からでてきた新聞紙を読むような感覚でお読みいただけれ
ば、感じが出るかと思いますf(^_^;)。へへへ。
・・・というわけで6月にいただいた「まんが第十堰」感想文!
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『新聞等で、公共事業の見直しについての記事を目にする昨今ですが、その中で
も徳島県の吉野川第十堰問題が、なぜ全国版で取り上げられているのか興味が引
かれました。吉野川はまだ見たことも無いのですが、『まんが第十堰』を読み、
江戸時代からの先人の知恵と技術が、今なお、厳然と存在していることに感動を
覚えました。

私はかつて遺跡の発掘に従事していたことがあります。発掘では現代人も真似の
できない縄文人の知恵と業に驚かされることがしばしばでした。何よりも感心す
るのは自然から与えられたものから何かを作るということです。

彼らは自然にある木、草、石を材料に工夫して築き上げていいきます。その合理
的で、技術水準の高いことは驚きです。また、それらは役目が終わればいずれは
土に還えるものばかりです。

ダムや堰などといって巨大なコンクリートの塊を川の中に入れる行為は縄文人が
聞いたら、神への冒涜とも取られるでしょう。

私たちは、250年もの役目を果たし続けている第十堰に敬意を払うべきであり、2
1世紀に残す遺産として可能な限り復元すれこそ、古いから壊すなんてもっての
ほかです。

発掘していると「どうしてここに村を作ったのか」とたずねられます。そんな時
いつも「そこに水があるからだ」と答えます。集落のそばには必ず湧き水があり、
それは今でも湧いていることが多いのです。人間が生きていくのに水は絶対かか
すことのできないものです。昔、マタギたちは狩りで山に入った時、川のそばで
決して用を足してはいけないと教え込まれたそうです。自分達の生活に飲料水と
して、また魚などの食料庫としての川を汚すような行為は断じてしてはいけなかっ
たと聞きます。同じような理由でやはりモンゴルでも遊牧民は川のそばで用を足
すことはしません。

自然の風景と溶け合って、今なお役目を果たしている第十堰を自信を持って次世
代に引き渡せるようにするのが私たちの役目と考えます。』

〜〜〜転載終わり〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
建設省の人が読んだら「吉野川を見たこともない素人が何を感情論を言うか。無
責任な」と反論するだろう。しかし、第十堰があった250年、しかもそれが流域
に被害を与えたことのなかった250年を否定できる人はいない。
来年早々、住民投票をするかどうか、吉野川は政治の手の中で大きく揺れる。
忘れてはいけないことは、150年に1度あるかないかの大洪水に備えるために、他
にも方法があるのに、可動堰を作り川の姿と質を変えてもいいのかどうか、1000
億円の使い道としてふさわしいのかどうか。

まさのあつこ

P.S.今年中に、大規模林道中止の裏話が書けるかな?